My Note 祇園祭
2005.7.16


2004年の祇園祭。後ろのほうの神輿担ぎ手の中に、肩をない出血して泣きそうになりながら担いでいる私がいる。^^;

今日は小浜市に鎌倉〜室町時代あたりから伝わる祭礼である「祇園祭」であった。


京都の祇園祭と同名だが、内容は全然異なる。広峰神社というところから神輿が3基+1基(子ども神輿)出るのだが、江戸時代はこれに大太鼓・神楽・獅子舞などがつき、大変ににぎやかであったとされている。
ところが明治時代になると、氏子制度により氏子以外の者の参加が認められなくなり、神輿と武者行列だけの巡行になり、さらに今では武者行列もなく、神輿も人手不足で3基のうち2基はトラックや耕運機で運ぶという寂しいものになってしまっていた。
ところが昨年から小浜市活性化イベント「夏の陣」のオープニングイベントとして活性化が始まった。昨年は市民から神輿の担ぎ手を募り、何十年ぶりかで3基の神輿が練り歩いた。
今年はそれにさらに大太鼓をつけようということになって、その大太鼓としてわが区の「雲浜大太鼓」が出たのである。ちなみに「雲浜」は「うんぴん」と読む。幕末の志士・梅田雲浜は雲浜地区の出である。
わが雲浜大太鼓は歴史がまだ12年である。なにせ地区活性化のために、ということで私たち有志が作った会であり、ローンを組んで大太鼓を買ったりして、まあなかなかの苦労の末にやっと安定期に入ってきたところだ。
歴史が浅いため、逆に祭りの「しきたり」をやかましく言う者もおらず、いろいろなイベントに出ている。今回の祇園祭もそういう「軽薄で嬉しがりの」わが雲浜大太鼓に声がかかったということである。
久々に太鼓を、それも練習なしで叩いたため、手の皮が数箇所破れてしまった。指もいつものことながら、「突き指」に近い状態となっており、引っ張ってポキポキいわせないと翌日が痛い。体もできていないのですでに上腕から肩にかけてが痛く、きっと明日はもっと痛い。腕にタイガーバムを塗りたくって備えてはいるが・・・・
さらに夏の蒸し暑い中、ビールを飲んでは太鼓を叩いていたため、ちょっと脱水症状気味で、かなりバテてしまった。
しかし、しんどかったが楽しかった。やはり私は会議であれこれストレスをためるよりも、太鼓を叩いたり子ども達と遊んだりしているのがずっと好きだ。


2005.7.16 ブログに掲載