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社会資本整備重点計画法と国づくり100年デザイン [1212] APEC:2003/06/10(Tue) 01:30:53
6月の目標として、佐口さんが建設一般に関する最近のテーマとして、 1)14年度国土交通白書の主なテーマとなっている『人口の減少、少子高齢化の進展など人口構造の変化に対応した社会資本整備のあり方』 2)平成15年3月26日(第156国会)に成立した重点計画法を受け、去る5月6日に審議会に諮問された『社会資本整備の重点的、効果的かつ効率的な推進方策』 3)また、「将来どのような社会を実現すべきか」について、国交省によりまとめられた成果『国づくり100年デザインの提案』が4月4日の閣議懇談会で紹介されています。 1)については私も重要テーマとして注目し、スレ1189にて取り上げさせてもらいました。また、スレ1190では国民参加についても取り上げました。 2)の社会資本整備重点計画法については、コスト縮減、ストック活用、政策評価、PI、入札・契約の適正化など、現在の社会資本整備における問題点・課題の多くが盛り込まれた法律であり、建設一般の記述問題に好適なテーマだと思います。 ※条文はhttp://www.ron.gr.jp/law/law/shakaisi.htmに掲載されています 3)については、http://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/100YD/teian/index.htmに21の提案が国交省より示されています。 京阪神グローバルインターフェイスシティ、よろこびの森、大都市近郊芸術村、グリーンベルト、マリンライフなどの試案や、百年住宅構想、ローカル鉄道復活、交通事故被害者ゼロ交通システムなど、かなり面白い提案が並んでいます。受験生以外の方にも、読み物としてお勧めです。「意見・感想お寄せください」コーナーもあります。これらは本当に試案であったり、かなり先にならないと実現しそうもない案もあったりしますが、読み下せば、これからの国土のあり方に関する国交省のビジョンは伝わってくると思います。 2)、3)について、皆さんのご意見をお伺いしたいと思い、スレを立てました。 今年の二次試験受験生数は激減しています(昨年の14%とか)が、その方達を応援するためにも、ぜひ技術士ならではのご見識をお聞かせいただきたくお願いいたします。 |
腹八分 >
ご紹介のHP見ました。とてもAPECさんの所望される見識にはほど遠いですが、提案1、2の内容について。人口減少により過疎化する地域は「コンパクト化」することで、地域の活性を維持しつつ、効率的な社会資本の使い方ができるようになる。
これは、野中の一軒家をなくすことにより、別スレ(1024:公益の確保について)で議論のあった、5戸のための道路整備とコストの関係といった問題を解決する期待がもてます。
「空中回廊」等により、生活交通と通過交通の分離は、排ガスによる大気環境の悪化を防止し、地域住民の交通安全の視点からも推進すべき。
グリーンベルトは、地域住民の憩いの場であり、安全面では災害時の非難場所としても活用されるでしょう。地産地消を実現するのに都合の良い形態となりうる。ただ、農家等古くから住んでいた人々が土地へのこだわりを捨てられるか、が課題となるでしょうね。 (2003/06/10(Tue) 12:27:52)
笑うセールスマン > =魔法使い
腹八分さん。今回は少々ぶつからせて頂きます。(笑、笑、笑)
コンパクトはご承知のように膨張する一方だった都市に向いたまちづくりです。これを、過疎地域で行って住居移転を行った場合、住宅周辺に畑や田んぼがありますので、耕作放棄の可能性が高くなります。棚田なんか、一発でだめになりそうです。段々田んぼの労働はきついでしょ。ですから、コンパクトではなく、「三世代先の新田舎暮らし」とか、「多拠点居住による、豊かな暮らしの実現」や「個性とゆとりを実現する自由時間大国」を実現するためには、田舎を徹底的に高度情報化する必要があります。
それと共に、飛行場まで長くて1時間程度に位置したところがいいです。またまた、高知で申し訳ありませんが、この条件に完璧に当てはまるのが高知県です。(勿論すべての過疎地域ではありませんが)
高度情報化する目的は都市から田舎へ豊かな生活を求めてやってくる人たちのためです。
勿論、そこに住み続けてきた人たちの健康維持、保健、情報交換に役立ちます。 (2003/06/10(Tue) 13:07:49)
腹八分 >
笑うセールスマンさん、アカンどうしてもあの顔がちらつく・・・魔法使いはサリーちゃんだし・・・。もちろん、跡継ぎが確保された野中の一軒家ならいいのです。お年寄りだけになってしまっても、そこに留まるというようなケースは無くしていくべきではないか、ということです。大都会から元気いっぱいな青年が入植者になってくれたら、コンパクト化の必要はなくなります。 (2003/06/10(Tue) 13:15:31)
笑うセールスマン >
腹八分さん。私はやっぱり反対です。
もし、お年寄りだけになってしまうようであれば、いや、それ以前に、使用しない家屋や田畑は定期借地、定期借家として、都市住民に貸し出す施策が有効です。私は、美しい日本の風景をうまく守りながら育てていく必要があると思います。(思い浮かぶは、APECさんにも言われました。私の作戦かも知れませんよ)若者が入植すれば確かにコンパクトの必要はなくなりますね。
腹八分さん。私は「国づくりの百年デザイン」については、都市はコンパクトを、田舎は多自然居住を中心軸にし、重複居住を含めて自由に交流することが重要です。都市対地方、町対田舎といった対立軸でなく、都市田舎相互が補完しあうような国づくりが望ましい。」と考えます。 (2003/06/10(Tue) 13:54:21)
m.i.i >
本日のラジオで高齢化問題(これからの非生産人口)が報道されていて、65歳以上の方が日本総人口に占める割合が多くなると言っていたようです(4人に1人。前から分っている事ですが)。100年後のグランドデザイン(大まかな設計と私は勝手に訳しますが・・。まさか大地に根ざした設計では無いですよね?)も重要ですが。
青い炎さんの口調で表現させて頂くと、夢を追うのも良いが、今この現状を打破しないで何が100年後の夢物語を語る必要が有るのだ。今このときでも、自殺者の数は減ってはいないぞ。と言いたいです。
労災認定の自殺や過労死は昨年の約3倍といわれ、交通戦争と言われる死亡者(大体1万人前後)の3倍が自殺者で有る事の現実が自殺戦争と言わないでどうするのだと言いたくなる気持ちも理解して欲しいですよね。日本人は物質的に豊かさを手に入れたかもしれませんが、失った道徳、優しさ、真の自然保護に気が付いていないようです。自然保護を訴えるなら、先ず釧路湿原、白神山地、尾瀬、上高地、立山、四万十川等の(取り敢えず代表的な地域)の立ち入り禁止措置を取ったら如何ですか?
ガンさんが前にスレされた、原子力の問題の様に、ある程度のショック療法は必要な時代になっているようです。
前にもスレしましたが、私はこのような主旨の内容の主張を残りの1枚に解答して、ご苦労さんになった事が有ります(不合格)。注意しましょうね。俗に言う個人の主義主張の場では無いですから。不合格とは当然技術士試験の事です。取り敢えず技術士の試験を取得したなら、本音と建て前を少しずつ分け隔てなく伝える努力をしましょう(当然、私自身も含めて) (2003/06/11(Wed) 00:01:36)
Woo >
私は、示された「国づくりの百年デザイン」はあくまで雛型と捉え、地方分権の中で自分たちのまちのビジョンを明確にし、少子高齢化などの諸問題を踏まえた上で、どの案を目標とするのかが街づくりの決め手になると思います。
状況の異なる地域で、一から十まで検討して100年後の姿をそれぞれで予想していても、絵に描いたもちとなりかねません。雛型を自分の地域に早く当てはめ、目に見える目標をもつことで、実現に一歩近づけるのだろうと思います。鉄腕アトム以外の多くは実現させている社会ですから。抽象的な表現ですみません。 (2003/06/11(Wed) 02:12:57)
笑うセールスマン >
皆さん。私は少子化は国というより、民族としての根幹に関わる問題と考えています。百年後、現在の特殊出生率1.32がこのまま推移すれば、日本人の人口は7000万人になります。次の百年には3500万人、その次は1700万人、見方を変えれば、日本人は民族として、緩慢な自殺を実行しつつあります。
ですから、このまま首都圏の1極集中に変化がなければ、200年後には首都圏だけに人口集中し、釧路湿原はおろか、北海道、四国、九州は無人の島と化します。国土を管理する住民がいなくなるので、植生は自然のまま推移します。四国、九州は照葉樹林帯におおわれ、北海道は、針葉樹に覆われることになります。
一方、東京は、現在のまま推移し、通勤ラッシュに揉まれ、自動車はあふれ、相変わらずの住宅難で、土地は高度化し、100階建ての高層マンションに暮らしていることになります。東京を中心とした首都圏以外に人は居ないのですから、グリーンベルト構想は完全に実現しています。自然保護派はそれでも、東京に「もっと自然を」と叫んでいることでしょう。これが1極集中を継続した場合の私のシナリオです。
このままでは、技術士試験に不合格になりますので、第2のケース、つまり、多軸連携と地方分権、道洲制が実現し、しかも、少子化が進んだ場合を書きます。道路は1.5車線的整備から、高規格道路まで、また、都市の道路は人口減による車の減少により、自動車交通が減ります。そのおかげで、歩道が広く整備されるだけでなく、自転車専用レーンが設置され、そこを高齢者や若者が二人乗り、シングルの美しくデザインされた自転車に乗って走行しています。
居住環境は、1000坪の土地に人それぞれの目的にあわせた住宅が実現し、アトリエを持ち、誰もが芸術に打ち込める環境が整備されています。情報通信網は高速通信が整備され、在宅、オフィス両方での勤務が実現します。しかも、人口3500万人以下であれば、食料自給率は120%を実現できますので、余剰食料はNPOを通じて、世界の飢餓に苦しむ人たちに寄付することも可能でしょう。いかがですか。あなたがたは、どちらの世界を選びます。やっぱり、1極集中の東京ですか。(笑、笑、笑、笑、笑)
m.i.iさん。四万十川の立ち入り禁止は勘弁して下さい。(笑)。あの流域には多くの人が生活しています。下水道や合併浄化槽を整備して水質を向上させ、真の「最後の清流」に戻すと共に環境学習や自然体験の場にし、人と自然、人と人が交流し、出会える場にしたいのです。この掲示板がそうであるように、です。(m.i.iさん、以前、プロジェクトXでアフリカでの水準測量協力が放送された時、あなたの青年海外協力隊体験の「靴にさそりが入っていないかを確認するのは、日常的な常識、ごはんにゴキブリの糞が混じるので、チャーハンにして喰えば分らないという話などすばらしい話だったと、記憶しています。違いましたか?あの時のユーモアを、また技術士サークルネットでも聞かせて下さい。) (2003/06/11(Wed) 05:14:22)
m.i.i >
魔法使いさん。四万十川の件、了解しました。自然との共生をどこでバランスさせるかは、アナウンスも含めて難しい問題ですね。
少し(大分?)訂正させて下さい。私がアフリカのある地域に行ったのは日本の無償援助の「仕事」で協力隊で行ったのでは有りません。チャーハンの件は以下の流れです。ドラム缶に米を保管→ゴキブリ、ネズミの糞が紛れ込む→メイドに一生懸命除去させる→それでも必ず残っている→白米にして食する時はなんとかよせて対応出来る→チャーハンを出された時は・・・。諦める。と云う図式です。果物はどれをとっても非常に美味しかったですよ(安い、旨い、○○) (2003/06/11(Wed) 06:50:17)
ガン >
そもそも環境問題は、人間が自然のキャパを超えた関わり方をしたことに端を発するわけで、「過ぎたる」は「及ばざる」よりたちが悪い典型です。その人間に「自然とのバランス感覚」が甦るのはまだまだ先の話(ちょっと悲観的?)でしょうから、場所によって(四万十川は除く(笑))はm.i.iさんの「立ち入り禁止」もやむなし、かな?
100年先を見越して国づくり、まちづくりを考えることには賛成です。「100年先を見越す」ということは、今の段階で「将来に危機感を持つ」ということと私は捉えています。過去、目先の経済だけにとらわれ現在に至ったシナリオを読み返し、その反省のもとに多分出会うことはない「ひ孫(ひひ孫?)の代」に禍根を残さないシナリオを考えるのでしょうね。
指数変化の先には破滅が待っています。しかし、Wooさんが言われるように鉄腕アトム以外は実現してきたわけですから、人間の知恵袋は計りしれません。今からでも皆が真剣に考えれば何とかなるでしょう(楽観的性格です)。またまた具体論でなくて申し訳ありません。 (2003/06/11(Wed) 08:46:12)
腹八分 >
21の提案を見た率直な感想は、結構まじめに考えているのだなア(扇大臣、失礼)、でした。10年や20年では実現できそうにないけど、100年後ならなんとかなるのでは・・・という楽観的観測を前提に見ると実現の可能性が高く思えてくる。100年後は、現代人はもうこの世に居ないわけですから、子や孫の世代にどう引き継いでいくかがポイントになりますね。最低でも負の財産を残してはならない。 (2003/06/11(Wed) 09:16:22)
魔法使い >
今、打ち合わせから帰社しました。
提案ですが。百年後の我が故郷、自分が現在住んでいる町をどうしたいか?それを、現状を踏まえてそれぞれが書き込んだらいかがですか?そうするとグランドデザインにローカルが加わって、完璧になります。
私は高知県人として、シルバータウン特区構想+多自然居住区域+高度情報システム構築+1.5車線的道路+高規格道路+自転車歩行者専用レーン+かつお文化産業+川大工復活+四万十川野外楽習システムで行きたいですね。やっぱり高知はばっちりです?必ず高知は活性化します?(ところでm.i.iさん、ふん入りチャーハンは、美味しかったですか?知らずに食べたとしてですが。)
いままで、書き込みに対し、白書的とか一般的とか言う批判を見ましたが、「まず、魁(かい)よりはじめよ。」です。自分から率先垂範を初めて見ませんか?特に既技術士の方は、受験生の参考になるのですから、ここぞとばかりに考えを書き込んでください。 (2003/06/11(Wed) 12:03:21)
けー >
21の提案を見ましたが、率直な感想としてはあまり目新しさを感じませんでした。なんか既にどこかの総合計画や都市マスで書いてあるような話が多くて。「それを実現できているというのがすごいのだ」と言われれば、はぁそうですか、という気もしますが。例えば提案9は「こんなこと100年もかけてやることか?10年で実現しろよ」と思いますし、提案13など10年以上前から言われ続けていることで、100年後を見据えも何も無いと思います。
全体としては「今の日本をもっと良くしよう、そのためにあれを作ってこれを保全して・・・」という上昇志向のベクトルを感じるのですが、もういいのじゃないですか?今ぐらいで。まだ暮らし良くしていかないといけないのですかね、日本して。
今ぐらいの生活(2割引くらいでも可)を維持するためにこうしましょうとか、仕組みだけちょいちょいっと変えてうまく回るようにしましょうとか、うまく使い回しましょうとか、そういう思想はあまり感じませんでした。足らないモノを作りましょう、みたいな。ああ、やっぱり土木屋のタスクフォースの産物だな、と思いました。 (2003/06/11(Wed) 18:08:05)
魔法使い >
けーさん。社会資本整備率最下位県?高知と、首都圏では、社会資本整備に関する温度差がすごいですね。
高知県は東西に長い県ですが、これを縦断する道路は国道が1本あるだけです。現在、建設中の高速道路は鍋焼きラーメンで有名になった須崎までで、国道総延長の五分の一程度です。近年、東南海地震が喧伝されていますが、これがくれば、海沿いを走る国道はほぼ壊滅します。高知は陸の孤島となり、神戸より震災後の打撃は大きくなります。また、高知は北に四国山地があり、山の県ですが、この山村と高知市をはじめとする平地部をつなぐ道路がまだ未改良路線が多いのです。そこで、高知県がひねり出したアイディアが1.5車線的道路整備だった訳です。どうか、社会資本整備に関して首都圏的発想だけ考えないで下さい。シビルミニマムは首都圏をはじめとする大都市と我々弱小県では異なることを御理解下さい。
ただし、以前からお話しておりますように高知県は、一周遅れのトップランナーとしての、資源は首都圏にくらべてはるかに豊かです。シビルミニマムさヘ整えば、逆転する自信があります。なにせ、個人の一人当り収入が全国最低に近い所でやってきた県です。「首都圏はもういいよ。」という意味でしたらお許し下さい。そして、我々に力をお貸し下さい。けーさんの御意見を随分、斜から読みましたが、併せてお許し下さい。
逆転と言っても、「花屋の店先に並んだいろんな花を見ていると」という歌のように、ナンバーワンよりオンリーワンという意味です。 (2003/06/11(Wed) 20:17:33)
けー >
魔法使いさん、あまりネット上で素性をどうこう言うのもなんなのですが、私は出身も現住所も首都圏はおろか、関東地方ですらないのです。首都圏に住んでいたこともありますけどね。東南海地震クラスの自然災害が起これば首都圏くらいに基盤整備が進んでいても、結局何も機能しなくなる点で首都圏も高知県も同じです。
四国の方は瀬戸大橋の開通で、「社会資本整備によるおいしい所は全て先に集積を形成している都市に吸い取られてしまう」という認識・学習は無いのでしょうか?
高知にお住まいの方も概ねは、「今、自分は幸せ」と感じて暮らしているのではないのですか?1201のスレではそういう匂いを感じましたが。でもやっぱり今以上に充実した社会資本が必要ですか?
例えば救急医療について。高速道路の整備により医療機関までの時間距離を短縮するよりも、地方に定住する医師を奨励する方が「社会資本」のあり方としては真っ当だと思うのですが。
そうした「人づくり、仕組みづくり」こそが、これからのまちづくりのあり方だと考えているのですが、件の国交省の提案では結局フィジカルなまちづくりに終始するのだな、と感じたということです。 (2003/06/11(Wed) 20:34:09)
社会科学者 >
けーさん、千景ちゃんいわく、「これを議論していただく材料として国民の皆様にお示しして、対話し、一緒に考え、そして将来への夢と希望を共有したいと考えます」とのことです。100年後の話なんて、人のアイデアにケチをつけるのは簡単だけど、誰もが納得するアイデアを出すのはたいへんなことです。それを恥を忍んでやったところは評価したいと思います。あとは、これを前向きに受け止められるかどうかでしょう。おっと、こんなこと言っているよりも、私も何かアイデアを出さなければ…。 (2003/06/11(Wed) 21:49:02)
m.i.i >
けーさんに迎合する様なレスをする訳では無いですが、100年後のグランドデザインを募るアドバルーンにしては、物足りないかファジー(曖昧か)なような気がします。
不特定多数の相手ではしょうがないと云う時代では無いと感じますが・・。インターネットを通じて意見の集約をして(うがった言い方をすれば、良いとこ取り)次の方策を立てれば良いのですから楽は楽です。冷静に考えると、100年後のグランドデザインとは云えず、10年後のスモールデザインとか?
ところが、100年後の事をレスしている内に思い出しましたが、人間が最初に母体に生命を宿してからの成長度合いは、体重(表現が若干違う様な気がしますが)と身長の成長率は10ヶ月で体重540万倍、身長は2300倍位に成長するそうです。この事は思わず「蝉」の一生を思い出しました。人間の100年は母体の中での10か月の成長を考えると、とんでもなく短い事になります。胎内の1日は生物史の何万年にも当たる訳ですから。
100年後の未来は近未来であり、宇宙ステーションで人類が暮らし(又は月で)地球は目の前の緑を楽しむ緑地帯又は、観葉地球になっているかもしれません。 (2003/06/11(Wed) 21:50:23)
魔法使い >
けーさん。出身を持ち出して申し訳ありませんでした。しかも勝手に邪推しました。おわびします。
ストロー効果かどうか分りませんが、人材面では明治以来、この県は、有名無名を問わず一方的な人材供給基地でしたでしょうね。現在では四年生大学は国立が一つ、県立女子大が一つ、官設民営が一つということで、大学進学者の大半は今以て県外ですね。
ただ、それに対する不平不満はあまり聞きません。喜んで送りだす、出世を喜ぶ、そんなところがあるようです。ですから、あまりストロー効果だと思ってないような気がします。楽天的なのでしょうね。ついでに山間部の道路についていえば、「ゆっくり、バスに乗って来てもらう、それがこの村のえいところよ。」という発想の人が見えます。すげーと私は思います。 (2003/06/11(Wed) 22:02:14)
社会科学者 >
とりあえず、地域ごとの固有の文化はできるだけ残したい。100年後でも、今ある方言や地名や棚田は残っているように手を打つべきです。しかし、具体的な方策はまだ思い浮かばない…。 (2003/06/11(Wed) 22:04:08)
魔法使い >
カツオや野菜といった生鮮食料品もでたり入ったりで、特に、橋完成で落ち込んだことはないようです。むしろ、早くつくようになった効果が大きいと思いますが、統計資料を見ないと一概には言えませんね。幸せ感については間違いなく幸せと思っているでしょうね。救急医療については、道路でなく、へりという話は聞いたことがありますが、医師については、県立医大があります。確か、県民一人当りの医者の数は全校でもトップクラスでした。
しかし、県土が東京の3倍はありますので、効率が、悪いのでしょう。フィジカルなまちづくりに関しては確かに、おっしゃるように、省ごとの縦割りの中で発表されるプランですので、限界もあり、物しか作ってこなかった省庁ですので苦手なのでしょうね。でも私はノー天気な性格であんな話が好きなのですね。つい乗ってしまう楽天家です。
最後に道路整備について私が言いたいのは、地震後の回復スピードが、幹線道路が複線化している所とそうでないところでは全然違うと言うことです。シビルミニマム(必要最低限の社会資本)が整っていない県だと言うこともまた事実ですので、何でも楽天的と言う訳には行きません。 (2003/06/11(Wed) 22:17:28)
社会科学者 >
工業化社会にしても情報化社会にしても、社会を均質化の方向に向かわせます。均質化が進んだ社会では、どこでも誰でも同じものを食べ、手に入れ、楽しむことができるようになります。そんな社会では、逆説的に、均質化できない要素が価値を持つようになります。例えば、歴史、文化、慣習、雰囲気、人情などです。100年後に豊かさを誇っているのは、こういった固有の価値を大事にしてきた地域になるのではないでしょうか。抽象的ですが…。 (2003/06/11(Wed) 22:22:40)
つったん >
魔法使いさん。相変わらず高知県の広報(特性)はエネルギッシュですね。
私は100年デザイン提案は、すべてが100年後に達成する事業(目標)という意味ではないと思います。たとえば10年後位に実現し、これが100年先まで継続すれば、我々の子孫の生活スタイルが改善・安定している(ここでは、安らぎ・ゆとりのあるライフスタイルの実現と考える)という生活基盤整備型提案もある(たとえば提案10以降)と考えます。その中でAPECさんが紹介された事例などは、比較的斬新な匂いがする内容だと思います。
また、けーさんのおっしゃる「充実した社会資本」という言葉は、私は高度成長期以降の安定成長期に確立された現在のような社会資本(「暮らし」と言ってもいい)のみさしてほしくはありません。「やすらぎ」とか「ゆとり」のある(言いかえれば「環境にやさしい」)生活の営める社会資本(当然のことながら、持続可能な社会資本整備)を目指すことが、今後の課題ではないだろうかと考えます。 (2003/06/11(Wed) 22:23:55)
魔法使い >
社会科学者さん、言い古された言葉ですが、基本は人材でしょう?以前テレビで見ましたが、長野の村起こしでは、冬、冷蔵庫代わりに畑に穴掘って貯蔵したニンジンを雪の中から掘り出すそうです。それが東京の人間(Uターンした人)にはえらく新鮮に映った。そして、にんじん丸かじりの村(それだけではないでしょうが)として取りあえずはうまくいった。あるいは、山間部の1車線道路でも、この村にはゆっくり時間が流れていると言うことを感じながら来て欲しいと言う発想を持った人材がいると言うことが大事だろうと思うのです。つまり他所もの+地元=活性化という、言い古された台詞になります。もうひとつ、これに、インターネットが加わり始めています。別スレの電子会議は武器になると思います。
つったんさん。私は高知県の紹介を熱心にしていますが、それは、単に高知県だけでなく、地方からの情報発信の一つとしてやっていたつもりも一部にはあるのですがね。(笑)勿論高知は大好きですが。つまり、高知と同じように優れ地方文化をもった県は、幾らでもあるというふうに理解しています。ただ、たまたま私は高知が好きになった。(相思相愛?)ということです。 (2003/06/11(Wed) 22:47:07)
社会科学者 >
魔法使いさん、もちろん、人材が基本です。というか、人材が全てだと思います。固有の価値を生かすも殺すもその地域に住む人しだいですから。
つったんさん、目指すべきは、「やすらぎ」とか「ゆとり」のある「生活」であって、社会資本はそのための手段に過ぎないのでは?というのがけーさんの主張だと私は解釈しました。 (2003/06/11(Wed) 22:52:52)
魔法使い >
社会科学者さん。私の紹介の仕方がうまいかどうかは別にして、まず、地方は地方同志(東京を含めて)て、とにかく情報発信する。その中で相手の優れた点、共通点や相違点を見い出していく。そのためには、おらが町とこの100年構想の接点をさがして、情報発信して行くことだと思うのですが、抽象的になってしまいましたね。
追伸、社会科学者さんのけーさんの主張に対する解説ありがとうございます。納得しました。(地方人間つまり私のひがみ根性がでてしまいましたね) (2003/06/11(Wed) 23:17:22)
社会科学者 >
魔法使いさん、「相思相愛」ですか!高知を愛しておられるのは伝わってきましたが、高知に愛されていたとは…。なおさら素晴らしいことですね。 (2003/06/11(Wed) 23:18:18)
つったん >
魔法使いさん。それは了解しているつもりです。私以上に高知のことが詳しい(私は灯台下暗しかも知れません。)と感じたからヒガミかも知れません(笑)。
さて、市町村合併の話題も書きこみに散見していますので、これに関して私の意見を若干述べさせていただきます。それは、現在の市町村を単純に合併させるのではなく、特に高知県のような地方であれば、一旦現在の行政区をくずして思いきり「流域単位」で考えることも必要かと思います(今の国、地方の動きでは実現は到底だめですが)。
現在のような自治体制で不可能な事業でも、いくつかの河川流域の自治区(上流・中流・下流域;下流域には漁村の漁場である河口、沿岸域を含む)が一体となった取り組み(事業)を行う方が、比較的スムーズにいくかも知れません。ご存知のように、上流の森林(土壌)を守るため下流域の漁民が植林をする事業もあるからです。
行政が絡む動きとして、「四万十・流域圏学会」があります。2年前に発足したばかりで、発展途上にあります。 (2003/06/11(Wed) 23:22:17)
魔法使い >
社会科学者さん、棚田については、京都の専門学校で、年2回京都市近郊の棚田ヘ赴き、雑木林化していたそれの、伐開除根からはじめ、これを保全していこうとしている活動があります。所有者、使用者、市民、行政そして、NPO,あらたな分担を試行錯誤して行くと言うことでしょうか?
社会科学者さん?があるのをお忘れなく。アワビのなんとかだってことがあります。ちなみに好きだと言われたことがない。トホホ、「愛すれど、色に出さぬは白雲の、消えては浮かぶ土佐の山並」 (2003/06/11(Wed) 23:49:48)
けー >
魔法使いさん、少し各論的な話になりますが、例えば災害時の回復スピードという観点から幹線道路の有無が重要ということですが、そりゃあ、まぁそうなのですけど、見方を変えれば高知県には陸上自衛隊の駐屯地がありますよね、それも施設隊。県知事さえ要請すれば壊れた道路くらい速攻直してくれる連中です。幹線道路の何本かが拡幅されているよりもそうしたリソースがあるという点で高知県は災害時対応では恵まれている方だと思うのですが、やっぱり目に見える社会資本整備の充実の方が急務なのでしょうか?もちろんトレードオフとしてどっちかを選ぶという問題でも無いのですが、地方各県が同じ発想で道路整備を社会資本整備をと言い続ければ、日本に必要な土木事業はまだまだ果てしない、ということになってしまいます。
そうした土木スパイラルな世の中よりも、地方それぞれの今あるリソースを柔軟に用いていく仕組みづくりや人づくりに工夫を凝らしていく方向に思考を転換すべき時代なのではないかなと思っています。 (2003/06/11(Wed) 23:59:37)
社会科学者 >
けーさん、そのような「思考の転換」はすでに半分終わっていて、あとはこの転換についてこられない人をどうやってフォローするかという段階に入っているのでは?遷移期はあと数年でしょう。100年後に通じる新たな思考やビジョンとしてはどんなものがあるとお考えですか?それとも100年後を考えること自体意味がないとお考えですか? (2003/06/12(Thu) 00:09:02)
けー >
社会科学者さん、思考の転換がすでに半分終わっているという認識は私は持ち得ていませんでした。その点、ちょっと遅れていたと気づかされました。
私は、100年後は都市と農村の分化がより一層はっきりしてくると考えています。人口の減少も手伝って、都市と言えるのは概ね現在の政令指定都市くらいの数に収斂していくのではないかと思います。他は農村。もちろん選択的に多自然型居住や農村生活を志向する人は残ると思います。ただ、高次都市機能を備えたいわゆる大都市、特に東京を除く政令指定都市への集中は続くと考えています。
一方で、モビリティの自由度が飛躍的に高くなっていると考えます。東京から大阪に転勤する感覚でソウル、釜山、北京、上海、台北、バンコクなどに移り住み、そこを終の棲家とする「日本人」が増えるのではないかと。また逆もしかり、日本のあらゆる街で様々な人種が闊歩することになると考えています。
では、その時代に備えてどうするか。それは日本としてのアイデンティティの確立と継承だと考えています。地理、風土、まちなみ、文化等々、これらの何が日本らしさなのかという模索を続け、それを守っていくためのまちづくりやランドスケープの形成、人材の育成、システムの見直しが重要視される100年になるのではと考えています。
長文の割にちょっと具体策まで思い浮かばず、答案としていまいちですがこんなことを考えています。 (2003/06/12(Thu) 00:38:11)
社会科学者 >
けーさん、「思考の転換」というほど大げさなものではないのですが、社会資本に対するニーズは満たされつつあり、公共事業に対する風当たりは強くなっています。加えて、厳しい財政事情のなかで高齢化等を背景とした社会保障費等の増大が続き、公共事業、特に新規の施設整備はほとんどできなくなっていくことが予想されます。ですので、けーさんがおっしゃった「今あるリソースを柔軟に用いていく仕組みづくりや人づくりに工夫を凝らしていく方向」というのは、否応なくすぐそこにやってきていると認識すべきだと思っています。
「日本としてのアイデンティティの確立と継承」は同感です。それこそが国際競争力になるでしょう。
和泉式部=魔法使いさん、好きだと言ってくれなくても、思いは通じているし、いつもそこにいてくれるだけで十分じゃないですか!「言葉には、せざるも想い染み入りて、永久に寄り添う土佐の山並」(添削お願いします) (2003/06/12(Thu) 02:11:13)
和泉式部 >
社会科学者さん。「言の葉に寄せる思いの」としたほうが手弱女的な感じがでていいと、和泉は思います。
さて、けーさん。自衛隊の災害復旧の件は確かに了解しました。現に県は、すでにある陸上自衛隊以外に更なる誘致活動を、地元をあげて要請しています。しかし、いくら自衛隊といっても、何百キロもある、国道を2,3日で復旧はできないのではありませんか?ご承知のように今度の地震はプレート型ですので、被害範囲は全県に及びます。
確か、全体の地盤が、室戸(東のほう)=1mの隆起、高知市(中央部)=1m沈下、足摺=1m沈下と過去の実績から予想されています。緊急治療が必要な被災者は1,2日が生死の分かれ目でしょう。自衛隊はヘリの出動をするでしょうが、それで間に合うかどうか、わかりません。
少し視点を変えます。私は、以前なるモンさんのスレで、バール、のこぎり、ロープの入ったお助け掲示板を提案しました。そのおり、なるモンさんから、既にそんな活動に入っている旨の連絡がありました。また、重機を持っている建設会社のネットワークの提案もあったかと思います。たまたま、災害の話になりましたが、国づくり、まちづくりも、けーさんのおっしゃるソフトは、役割分担して(頭をやわらかく)、総合的に考えると言う理解でよいでしょうか?
社会科学者さん、けーさん。地方のアイデンティティの内、町並みについてです。私が高知県に転勤してきた時、まず気づいたのが「高知は山の県だ」ということです。(森林率84%)北は四国山脈が連なり、平坦部は、多分扇状地形で、かつて島であった小山が点在し、どこを向いても山が見えるといった具合です。
ですから、中心部以外では、山のスカイラインを越える建物があまりなく、美しい全体的な風土を創る資産を持っています。今ではめったにお目にかかれませんが、これに、土佐派の家と呼ばれる木造建築(グレーのかわら屋根、土佐漆喰と呼ばれる白壁、土佐和紙、スギ、ヒノキでくみ上げられた空間)が加わると、風土千年の趣があります。
しかし、こういった美しい風土が次第に失われつつあり、高知市内では、中高層マンションが林立し始めています。市内はほとんどありきたりのビルに占拠されておりどこの町か良く分りません。)。しかし、トデン(土佐電鉄)と呼ばれる路面電車がゆっくり走り、ちょっといい感じなのです。
あえて、地名を挙げて説明しているのは、皆さんに具体的イメージを伝えたいからとご理解ください。 (2003/06/12(Thu) 11:23:41)
ガン >
つったんさん、「現在の市町村を単純に合併させるのではなく、・・・流域単位で考えることも必要かと思います。」は同感です。
けーさんが「100年後は都市と農村の分化がより一層はっきりしてくる」と予測され、「それに備えてどうするか」という書き込みをされていますが、私の考えている「100年後を見据える」とは、「100年後、都市と農村の分化がより一層進まないためにはどうするか」ということです。そのための地域圏の考え方として我々は、自然圏、人間圏ならびにその中間に位置して自然と人間が共生し、相互に利用しあう共生圏、いわゆるバッファー圏から構成される自然共生都市圏の概念を提唱しています。この自然共生都市圏は、流域圏を中心とした枠組みに他なりません。道州制や市町村合併など、地域の枠組みが激変しようとしている中で、この流域圏の考え方は是非注目して欲しいですね。
また、この圏域が資源自律的(地産地消)で、さらに持続的資源循環が可能であれば理想です。そのためには、社会資本を中心に長寿命化を進めていく必要があるわけです。100年あれば実現しませんかね。 (2003/06/13(Fri) 00:11:26)
APEC >
ガンさん、自然圏・人間圏・バッファー圏というお考えは大変興味があります。ビオトープにも同じゾーニングがあります(サンクチュアリとバッファゾーン、交流ゾーン)が、私は地域全体を大きなビオトープと考えていけないものかとずっと考えています。この場合のビオトープは、自然があって、人間があって、お互いが干渉しあって、そして環境が生まれるというものです。
典型的なものとしては里山が思い浮かびますが、たとえばドングリがいっぱい落ちて土壌が豊かで昆虫や哺乳類などの動物相が豊かな二次林、田んぼを続けることで乾燥に向かわずにユニークな生態系を保つ湿地帯などは、人間活動を抜きにした自然保護だけでは語れないでしょう。
大気圏、水圏、そして地圏の一部(地殻の浅い部分)においては、生物と非生物が密接に絡み合って共存し、大きな循環系を持っているというのがガイア理論の基本となるところですが、こういった大循環に人間も意識的・積極的に加わる、これが未来における「より積極的な自然との共存」ではないかと思っています。
私自身は、100年後はおろか50年後の社会も見れますまいが、自然の営みを熟知し、ガイアを愛した上でこの一部を改変するという視点を持って土木建設業界で仕事を続けたいという思い、ふるさとを少しでも良くして子供たちに引き渡したいという思いを忘れることなくありたいと思っています。
地産地消、循環型社会、自然との共存、NPO、そういった現実の動きは、これをしっかり実現にもっていってこそ100年後につながっていくのだと思います。 (2003/06/13(Fri) 00:41:20)
ガン >
おはようございます。APECさん、地域全体をビオトープと捉える考え方、同じですね。我々はそれを流域圏中心の枠組みの中で考えるのが自然ではないか、と提唱しているわけです。この考え方がまさに「自然共生型まちづくり」そのものではないでしょうか。そこに持続的資源循環を地産地消の形で組み込めれば理想的ということですね。
5年、10年スパンでは理想論でも、100年スパンで考えれば実現の可能性は大いにあるわけです。生きてみることのない100年後のために、我々は英知を持って取り組む責任があるのでしょうね、ひ孫?のために。 (2003/06/13(Fri) 07:31:37)
魔法使い >
流域圏での交流は山村と漁村また山村と都市といった形で、あちこちで始まっていますね。かなり実績も積んできているのではないでしょうか?
例えば以前紹介した山口県での間伐材漁礁は山村と、漁村との直接交流です。しかも一方通行でなく山側は山循環、海側は海循環がよくなると言う形なので、長続きします。ボランティアとは一味違うというか、お互いが、それぞれを必要としていることへの認識が深いのでしょう。
地域全体をビオトープとして捉える論に賛成です。釧路湿原は分りませんが、四万十流域はまさにそういう形で保全(保護ではありません)していかねばなりません。森林の構成も境界ゾーンはマント群落(低木群)があって、高木群があり、全体として森林が守られているのと同じだろうと思います。 (2003/06/13(Fri) 08:37:42)
腹八分 >
おはようございます。私もガンさんのおっしゃる、自然圏・人間圏・バッファー圏という捉え方は賛同いたします。全部をきっちり固めてしまうとどうしてもはみ出してしまう部分がでてくる。やわらかいエリアを残しておき、そこでさらに可能性を考えることができる。
APECさんのおっしゃる地域全体をビオトープと捉える考え方はおもしろいと思います。スケールダウンして捉えた方が、いろいろな考えが具体的にでてきそうです。 (2003/06/13(Fri) 08:47:34)
APEC >
「農村振興」5月号に新潟県の野沢副参事が「緑の山里(中山間地域)から未来へ」と題して述べておられますが、「緑の山里には21世紀が目指す社会を真っ先に実現する力に満ちています。いのち、文化、自然、自然とともに生きる知恵・・・その”みなもと”ともいえる緑の山里」として、21世紀のキーワードである「共生」「循環」「つながり」「自立」などは、まさに中山間地域にフィットしていると論じておられます。
確かに、この不況と少子高齢化のダブルパンチの中、地方経済、なかんずく中山間地域などの小規模経済圏は瀕死に近い状態であり、閉塞感が漂っています。何とかしなけりゃという思いが地域おこし・地域ビジョン策定の原動力となり、顔見知りばかりという小規模社会であることが推進力となれば、小粒でピリリと辛いユニークな地域づくりが始まるでしょう。
逆に、田舎特有の消極的な保守的発想(変わりたくないという思い。変革に対する漠然とした不安)が勝ってしまえば、まさに今の経済状況と同じく「ゆでガエル」になってしまいます。熱湯に放り込まれれば飛び出して助かるカエルが、水から徐々に煮ていくと、逃げ出さずに「ゆでガエル」になってしまう・・・そうならないようにしなければなりません。
地域における原動力は、若い力であると確信しています。年金受給も期待できず、ふるさとに住み続けられるかどうかも怪しい状況の中、なんとか危機感を持ってもらい、ともに動き出してほしいと願っているのですが、なかなかどうして亀の歩みですね。
野沢副参事ご紹介の「地域ビジョンづくり・とらのまき」の言葉に、次のようなのがあります。「ともに学び合おう・お互いの力を活かし合おう・枠組みを超えてつながろう・地域の力を取り戻そう・ともに次の時代の夢を語ろう」・・・これって、21世紀のキーワードであると同時に、技術士サークルネットにもそのまま当てはまりますね。 (2003/06/13(Fri) 09:07:57)
魔法使い > =一茶。
「ゆでガエル」は今の日本のほとんどに当てはまりそうですね。我々企業内技術士も、ゆでガエル症候群にはまると、鬱になりそうです。「ゆでがえる、飛び出せAPECここにあり。」ごめんなさい。
社会科学者さん、うまくイメージが伝わるかどうか分りませんが、やはり固有の文化を再構築するためには道州制ではありませんか?北海道、東北、関東、中部、大坂、中国、四国、九州とそれぞれ固有の言葉があり、文化があります。現在はこれらの地域がすべて、東京に顔を向けた形になっています。1極集中です。政治、経済、教育、行政、金融、すべてが東京へ集中するように出来ています。これを断ち切り、道州制では利害が対立する部分と外交、国防など、に限定して国が行う。地方の税収、予算は完全に地方が行います。そうすると、地方は、独立するものです。
人々は、自分達の手で、町を作り、方言をはなし、食物をつくり、結婚し、子供達を育てる。地域に必要な社会資本は自分達が予算配分して作ります。自己責任制です。東京があって地方があるというは、明治以来の幻想に過ぎません。いまこそ、弥生時代から紆余曲折を経て進められてきた中央集権体制から地域優先体制に変化する、千年に一度の大変革の時代ではないでしょうか?
「じいちゃん達の時代に道洲制に変わってよかったね。」四万十川の豊かな流れを見ながら、あるいは、黄金色の染まった棚田の向こうに沈んで行く夕日を眺めながら、年老いた私の孫がその子供に話しかけている。」とそんな想像をして見ました。 (2003/06/13(Fri) 22:18:48)
陶芸家 >
これまで提案されたライフスタイルは、
1.けーさんが予想された「国際社会型」つまり「都市と農村の分化の促進、都市への人口集中と農村人口の減少、国境の消滅、→国際化の進展」シナリオです。
2は、つったんさん、ガンさん、APECさんが予想された、『流域圏』『ガイア型』つまり、『自然が多く残された地域、バッファー地域、都市地域を一つの圏域として管理して行こう』というシナリオです。
私は、第3のライフスタイルとして、『騎馬民族型=多極生活型』を提案します。つまり、情報革命によって、情報が交通手段として完全に定着し、人々は、通信をコアとして、飛行機、列車、自動車といったあらゆる交通手段を騎馬のように自由に利用し、都市と農村、都市と漁村、都市と山村、また、日本列島と諸外国の間を移動します。
しかし、交通の主体は情報通信ですので、必要に応じて肉体を移動させることとなるため、今より、忙しくありません。ですから、それぞれのライフスタイルに沿って、都市、農山村等に複数の生活拠点を持つことになります。
教育は双方向のインターネットで行い、定期的に合宿形式の課外授業が行われます。従って、過疎化が心配されていた地域はバランスがとれ、人口7000万人×2倍的な土地利用が行われます。ですから都市での生活は、コンパクトに、農山村ではゆったり広々とした空間で過ごすこととなります。土地は、定期借地、建物は定期借家が定着し、不動産への必要以上のこだわりが無くなり、ローンに追われる生活は無くなります。』 (2003/06/15(Sun) 07:45:48)
笑うセールスマン > =陶芸家。
自然保護は環境税の定着によって、ナッシュ均衡(囚人のジレンマ)やチキンゲームがなくなり、安定した自然管理が行われます。しかし、最大の悩みは少子化で、これまで体内に蓄積された化学物質の影響を排除するための、遺伝子改良技術が人間に行われていますが、これを拒否し子供を生まずに生活する権利を主張する人々が現れます。
生物は、卵細胞クローン技術が発展し保護、増殖、改良が一定のルールのもとに行われています。しかし、地球温暖化は相変わらず深刻で、発展途上国との間で調停が行われています。しかし日本では、水素社会が定着し自動車、家庭用燃料電池、が普及し、風力発電や太陽光発電を初めとする自然エネルギー利用が発達します。しかし、電気使用は伸び続け、原発は国策によって稼動し住民との摩擦は解消していないでしょう。 (2003/06/15(Sun) 07:48:04)
APEC >
陶芸家さんの予想は面白いですね。土地との関わりが薄れた社会というのは、日本人には革命的であり、おそらくそこでは日本文化・日本人のアイデンティティーというのは面影をとどめないほど変わっているのでしょうね。農村ではゆったり過ごすとは言っても、それはあくまでビジター・トラベラーとしてですね。
私は、土地も含む森羅万象と一体化して過ごしてきた日本の風土が大好きで、田舎特有の個性を否定する風習などを、NPOに代表されるような市民の主体的な活動(まちづくり)で置き換えていくことができれば、互いの人間性を尊重しつつ共存できる、そして自然・文化とも共存できる社会が作れるのではないかと夢見て過ごしています。
ですから、陶芸家さんの示された「第3のシナリオ」は、「そうはなってほしくないな」と思います。しかし、それは私個人の多分の感情的な感想であって、客観的に見ると第3のシナリオはたいへん面白いです。非常に効率的な生活様式だと思うし、社会資本整備のムダもかなり省けるでしょう。
青い炎さんの「5戸の集落への社会資本整備」の問題も、比較的スムーズに解決するかもしれません。「ふるさと」を自分のアイデンティティーの根っことしている私のような者は喪失感を感じますが、最初からそういう社会で生まれ育てばなんてことはないのかもしれませんね。非常に新鮮に感じました。陶芸家さん、ありがとうございます。 (2003/06/15(Sun) 11:15:56)
つったん >
私も陶芸家さんのご提案は、無機的な(人間生活が自然生態系とうまく調和するか否かという意味で)感じがして、日本(世界)の将来像としては私の本意ではありません。
ガンさん(APECさん)がご提唱されている自然共生型まちづくり(都市圏を「自然圏・人間圏・バッファー圏」にゾーニング)は、ユネスコのMAB計画(人間と生物圏計画)に基づく考え方ですよね。アジェンダ21での国別行動計画(第15章)の『C.国際的、地域的協力と強調』の中でも謳われています。私もこの計画には興味があります。但し、現在の日本のトータル的な施策の中では実現に向けてのハードルは高いような気がします。比較的小さな地域(行政区域・流域圏等)では可能かも知れませんが。
ガンさん。差し支えない範囲で結構ですが、現在推奨されている方針(考え方)あるいはヒントをご紹介していただけないでしょうか?別途【技術士サークルネット】でも構いませんが。 (2003/06/15(Sun) 22:41:32)
社会科学者 >
和泉式部さん、お返事が遅くなりましたが、添削ありがとうございました。やはり奥が深いですね。
魔法使いさん、町並みについてですが、全く同感です。高知だけでなく全国共通の問題ですが、自然の景色や、町の個性的な景観、地域の独自の建築技術がどんどん失われています。これは決して経済の発展なんかではないと思っています。国の貴重な資源を破壊する行為だと思っています。こんなことを続けていたらいずれ日本は三流国に没落するでしょう。これを食い止めるための強制力のある法規制が必要ではないかと考えています。
固有の文化を再構築するための道州制というのは効果があると思います。ただし、東京にばかり目が行きすぎないように行政の中心を分散する効果はあるでしょうが、固有の文化というものはもっと小さな地域ごとに存在しているものが多いでしょうから、固有の文化を貴重な資源として認識し、活用していく体制ができなければなりません。そうでないと、目が向く方向が東京から州都に変わるだけで、固有の文化は相変わらず破壊されつづけることになりかねません。
現在の三位一体改革の議論を見ると、地域間の財源調整はどう転んでも減っていく方向でしょうから、東京のような大都市を持たない地域(将来は州?)がどのような政策を打ち出すかが重要です。これまでどおりの経済優先、固有の文化の切り捨て(←表向きではなく、現実として)を続けるようだと、大都市との経済競争に負けた上、地域の固有な資源が破壊され、地域として自立するための基盤が失われる恐れがあります。このへんの動きはよくよく監視していく必要がありそうです。 (2003/06/16(Mon) 04:17:47)
陶芸家 >
APECさん、つったんさん。一定の土地に縛られずに生きることが、どうしてビジター、トラベラーになり、無機的になるのか?私には理解できません。多分、一定の場所に定住しない=根無し草=コミュニティの欠如と思い込んでいませんか?
例えば、モンゴルの遊牧民は定住していませんが、彼等にコミュニティがないでしょうか?家族とのつながり、仲間意識、今の日本人よりずっと彼等の方が豊かではありませんか?彼等に、自然への思いやりがありませんか?そんなことはないでしょう。
例えば、都市と山村の2ケ所を移動する人は、都市の利便性、安全性、快適性を理解すると同時に、これと対比して、山村の自然の持つ快適性、その重要性、ベタベタしない付き合いかた、畑仕事、陶芸を初めとする芸術活動に打ち込むことが出来ます。当然、そこでは、自分の趣味にあった仲間が出来ます。キノコ生産が趣味であれば、里山管理は当然しますので、二次林は維持できます。魚釣り(つったんさんの趣味)を趣味にする人は、海循環を考えて、間伐材魚礁を毎年設置して、豊かな生態系の維持に努めるでしょう。
一方、都市に対しては、美術館や博物館、画廊などで眼を肥やし、レストランでプロの味を堪能し、口を肥やし、ブティックで買い物を楽しんで眼を肥やすなどの都市生活を楽しめます。(勿論、都市で質素な生活をするのも自由です。趣味と収入の問題でしょう)
当然、ここでも仲間が出来ます。しかも、インターネットで個人が様々なスタイルで結びついていますので、多様な人間関係が構築されています。いかがですか?まだ、根無し草で無機的な生活になると感じていますか?土地を所有する生活は逆から見ると、土地に縛られた生活です。江戸や明治時代の農民がそうですよね。土地を所有することから解放され、土地は使用する世界へ変化する訳です。まだ、喪失感を感じますか?
また、多核的ライフスタイルは、ふるさとや、日本人、あるいは、地域の持つアイデンティティに対する理解と自信も更に深まることになります。なぜなら、多様な文化に触れることは、自分自身深くを認識することにつながるからです。勿論こうした経験を通じてどこか1ケ所に定住することも本人の自由であることは言うまでもありません。 (2003/06/16(Mon) 05:00:16)
和泉式部 > =魔法使い。
社会科学者さん、町並みに関する法規制は賛成です。
前述したように高知県は山という景観資源がある訳ですから、まずスカイラインを守ることが重要です。そして、視点場(ビューポイント)を設けて、背景にある山並に対し建物の高さは、絶対に越えないとすることが必要です。この視点場と共に、移動する景観で守りたい場所は視点場と同様の制限をかけます。こうしておいて、全県土を風致地区に指定し、その建物の高さを地区ごとに設定します。これだけで、市民全体の資産である町や村の全体景観が守れます。京都市がこうした規制をしていると聞きましたがどなたか、御紹介下さると有り難いのと和泉は思うのですが。
私の娘が高知市内に林立し始めた、山並を隠すようなマンションを見て、「マンションの人たちだけの山でないのにね」と言っていました。道州制と地域固有の文化の保全問題は、もう少し考えてから、レスいたします。(和泉より)<社会科学者ならびに皆様へ>
追伸。私の陶芸の先生から聞いたバリ島の建物の高さ制限は「ヤシの木の高さを超えないこと」なのだそうです。木の成長とともに規制が変化するっておもしろいですね。「枯れたらどうする」なんて心配してはいけません。ヤシは1本だけではありません。」 (2003/06/16(Mon) 05:55:00)
つったん >
おはようございます。陶芸家さん。「無機的」と表現したのは私だけで、APECさんはそのような表現は使われておりませんので、まずはお断りいたします。
私が陶芸家さんのご提案で直感的にイメージしましたのは、「IT利用によるネット社会と、インフラ利用(ハードな交通利用による)広域移動(棲みわけ)」を強く印象づけられた感がありました。もう一度前文の読み直しと追記文を見せていただきまして、少し誤解していたかなと思います。申し訳ありませんでした。ただ、私のあこがれはMAB計画(もどき?)にありますので、若干趣意が異なるところはあります。
技術士サークルネットが立ちあがりました。そちらでもご意見をお伺いさせていただけたらと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。 (2003/06/16(Mon) 05:58:45)
陶芸家 >
APECさん。追伸ですが、外国と日本を往復するようになる人々は両者の文化の違いを感じ、理解し、それが日本人やふる里へのアイデンティティを深く理解することにつながります。勿論すべての人がそうなるとは限りません。外国かぶれして、変な日本語を話す人もいます。しかし、素直に自分の心の声を聞けば、日本の持つ文化のすばらしさ、美しい日本の風土を理解し、これを守り、美しい日本語を話すようになると私は信じていますよ。彫刻家のイサム、ノグチは日本人を父に、アメリカ人を母に産れましたが、終世、日本を深く理解しようと努めましたし、理解していました。
ですから、私の提案した多核的生活を送ると、普段自分が気づいていない地域の長所が、欠点と共に自覚できます。それが次の発展を生みます。このように考えてくると、けーさんと私の違いは、都市と農村が分化するか、ネットするかといった程度の違いであり、ネットすることはAPECさんにつながるといえませんか?多分、それでも違和感を感じるとすれば、農村的気質が強いか、海洋的、遊牧民的気質が強いかの違いではないかと感じました。
最後に、APECさんは海への散骨はいやですか?私はどちらかといえば散骨派(または、合同埋葬派)ですので、ガンさんのお母さんと、同じです。散骨派と埋葬派であんがい、提案されている1から3のスタイルを選択するのかも知れませんね。 (2003/06/16(Mon) 06:45:06)
APEC >
陶芸家さん、なるほど、よく理解できました。私は陶芸家さんの案を否定しているのではありません。全く個人的主観で「好き嫌い」を言っているだけで、繰り返しますが、大変面白く魅力のある社会システムだと思っています。
ただ、日本文化は良くも悪くも土地に縛られるところから生まれています。これは農耕民族の宿命です。そういう中で「結」と呼ばれる共同社会的システムが生まれました。これは必要に迫られて生まれたものですが、個性・プライバシーの否定、形骸化に伴う無駄な労力・出費、さらには因習化など、田舎独特のしがらみ社会になるという問題もあります。そして「ここで生まれ育った者ばかりで、ライフスタイルや就労形態も同じ」であることを前提に、たとえば祭りのような集団で実施する行事が生まれます。良くも悪くもこれが日本文化であり、我々の中にはこの血が流れています。これは「生まれ育ち」なので、理性では表面的な理解しかできないものです。
私がアイデンティティーの根っこと言ったのは、こういった部分です。成人して自分の自由と責任のもとに仕事やライフスタイルを選べるようになってから身につけるものではない、自分の血のようなものです。それは、多種多様な文化を理解すること、あるいはそれにより自分の文化を再確認したり自分の人間性を高めたりすることとは別物だと思うのです。そんな「根っこ」が本当に必要なのかどうかはわかりません。それは束縛という面もあるでしょう。それを「ふるさと」というならば、それがあるという安心感は、実は母親の子宮の中にとどまっていたいというだけで勇敢さを欠いており、これが日本人の内弁慶の原因なのかもしれません。ですから、陶芸家さんの案を否定するつもりは全くありません。私個人が喪失感のようなものを感じたというだけのことです。社会システムとしては大変面白いと思っています。
なお、私は散骨派です。というか、土へ帰っても海へ帰ってもかまいませんので、別に海ではなくてそのあたりの野原に散骨してもらってもかまいません。お墓とか仏壇とか、シンボライズされた「入れ物」は嫌いというか興味がないだけです。 (2003/06/16(Mon) 09:02:03)
陶芸家 > =室生朔太郎。
APECさん。最初の書き込みを見たとき、どう返事をして良いか分りませんでした。誉められているのか、冷やかされているのか?うーんと思っておりました。ですから、笑うセールスマンでレスしようかなどと、良からぬ考えにふけっていました。そこへつったんさんのレスが入って、まんまとビジタートラベラーと無機的を(自分勝手に)=で結んでしまいました。
しかし、自分自身の考えが、これではっきりしたわけですので、お二人には感謝。「結い」の件ですが、農耕民族的「結い」となると「故郷は遠くにありて思うもの、そして悲しく歌いうもの、よしや、うらぶれて異土のカタイ(おもらいさん)になるとても、帰るところにあるまじや。」と歌ったのは室生犀星だったか萩原朔太郎だったかはっきりしませんが、濡れタオルのような地縁、血縁は、ごめんですね。(誰も好きではありませんが)従って、一度、(ここが、APECさんと違うところか)ケース3でろ過しておいて、地縁は受け入れたいと考えています。
一方海洋民族的というか、騎馬民族的というか、そんなタイプの結いってないですかね?例えば、バイキング的結いとか?私は今まで生まれてこのかた、15回ほど引越し(仕事上はわずか、一回)していますので、もともと、そういう遺伝子を持っているようです。日本人の中にも引越し魔っていませんか?
追伸、結い=農耕民族=日本人ルーツは、重要な構成要素とは思いますが、それ以前には縄文文化があるわけですし、私が、日本人のルーツから外れている??とは思っていません。(笑、笑、笑) (2003/06/16(Mon) 12:50:22)
APEC >
陶芸家さん、まさにその「カラッとした結」、楽な気持ちで明るく笑って参加できる「結」が私の求めているものです。そしてそれは、NPO(といっても私のやっているのは「まちづくり」などに真正面から取り組むものではなく、子供の地域教育のNPOですが)などの活動をしている先にあるのではないかなあと、ここ数年思うようになっています。今のじめっとしたしがらみに、新しい風を少しずつ入れていこうとしていくか(私はこれをやっているつもり)、一度キレイになくしてしまって、新たに作っていくか、いろいろな方法があると思いますし、どんどん実行に移していったらいいと思います。
縄文文化ですか、私はこれに関しては少々ウルサイですよ(笑)。ま、それはサークルネットでまたお会いしたときにでもじっくりと。四万十川のほとりで焚き火・鮎の塩焼き・旨い酒の強烈3点セットを伴に、ゆっくり飲み語らいたいものですね。 (2003/06/17(Tue) 00:25:53)
ガン >
陶芸家さんが提唱される騎馬民族、遊牧民的なライフスタイルは、私にはちょっと受け入れにくいかも(笑)。確かに都市と山村を移動することで一極集中的な人口の偏りは解消され、都会と自然の快適性を体験することで双方の重要性が理解でき、結果として自然との共生が可能になるのかもしれません。
しかし、コミュニティという点ではやはり問題があるのではないでしょうか。ベタベタしない付き合い方ができると言われますが、これは裏返せば薄い人間関係を象徴しているようにも思われ、やはり低温な感じがします。また何となく人としての多様性も失われていくような・・・わかりませんが。モンゴルの遊牧民を例に出されましたが、彼らは生活のため(生きるため)に厳しい気象条件の中で移動しているわけで、コミュニティがなければ死に直面する可能性もあります。魔法使いさんが言われる日本での移動とは基本的に異なるのではないでしょうか。土地の件はもう少し言いたいことがあるので、また時間ができたら書き込みます。陶芸家さん、APECさんご提案の強烈3点セットとうまい酒、早期に実現できればいいですね(笑)。
つったんさん、自然圏、人間圏、バッファー圏の件についても今度書き込みます。 (2003/06/18(Wed) 08:05:54)
陶芸家 >
ガンさん。例えば山村の濃密な人間関係の中で、都市との間を往復する人間が、一方的に都市の人間関係を持ち込もうとすれば、摩擦が起こるか、断絶が起こるか、どちらかでしょう。逆のことも言えます。従ってよそ者+地元=活性化というプラス志向が必要でしょう。私は、そう思います。強烈3点セットについては、これで最小人員が集まりましたので、9月13日〜15日決行でいかがですか? (2003/06/18(Wed) 08:38:08)