阪神優勝と戎橋の飛び込み、通行禁止について [1350]  安全祈願:2003/09/21(Sun) 00:50:30

 

9/15の18年ぶりの阪神優勝決定と同時に、大阪・道頓堀川に架る戎橋を中心に阪神ファンらが集まり、一部のファンが川に飛び込み、その数5300人、橋の上も2000人近くの群集で円滑な通行は出来ない状況にあった。

飛び込みは、当日以前、以後も日、数人ペースで散発的に発生している。また、戎橋のみならず、その上下流の橋からの飛び込みもかなり発生しており、飛び込み箇所、時間の限定は困難である。

大阪府、大阪市、府警本部など関係機関は、河川水質環境が悪い、投棄された自転車等の水中不明物件に引っかかる可能性があり、危険であることから事前に飛び込み抑制の看板、広報を実施し、マスコミも取材抑制、飛び込み抑制となる報道を実施していた。

しかし、当日はW杯時の2000人を上回る5300人が飛び込み、その翌日には、死亡事故も発生している。

今後、日本シリーズ中や日本一決定時を予測するとき、従来の対策で本当に良いのか総合技術監理的な視点で、

@戎橋からの飛び込みは、河川の自由使用でよいのか

A橋の通行止はできないのか、通行止、その後の予測できない混乱、騒乱を管理できるのか

B警察の強制力で騒乱防止のハード対策を実施するための問題点は何か

等について皆様の多角的な御意見をお聞かせください。よろしくお願いします。

 

青い炎 >

私にはなぜ規制が必要なのか、理解できません。これだけ危険性が報道されており、死亡のリスク、大腸菌のリスク、タクシーの乗車拒否のリスク、その他いろんなリスクが理解されていると考えられるので、飛び込みたい人は自分の意思で自由に飛び込んでもよいと思います。なんで、爆発する喜びの表現方法までいちいち規制されなきゃいけないんでしょうか。飛び込みたい奴は飛び込めばいいと思いますよ。

そのかわり、そのリスクは自己責任で完結すべきだと思います。今回死亡した人は誰かに押されたというのが事実なら、それはそれでただの犯罪行為であるし、しこたま酔った状態で繰り返し飛び込んで体力を消耗した結果なら自分で撒いた種です。そんなことより、私にはあの大量の警察官のほうがよっぽど不気味でした。 (2003/09/21(Sun) 09:08:35)

 

ねぎ >

落書きがふえると軽犯罪が増加し,軽犯罪が多くなると凶悪犯罪が起きやすくなる,これをブロークンウィンドウ理論といいます。ラトガース大学ケリング教授が見出した法則です。ニューヨーク市警はこの理論を取り入れ,落書消しと歩行者の信号無視,空き缶の投げ捨てなどを取り締り,凶悪犯罪の半減に成功しました(特命リサーチ200Xでやっていたでしょう)。

人は誰にも管理されていないと感じると破壊や略奪に対する罪悪感が薄らぐもののようです。大量の警察官は,ただの馬鹿騒ぎが暴動に発展したり,長期的には大阪市の治安が悪化するのを防ぐために動員されていたのであって,飛び込む若者を守るためにいたのではないと思いますよ。 (2003/09/21(Sun) 11:45:27)

 

やっぱり頑張りすぎ >

「総監的視点」とはかけ離れますが、私論を・・。

川に飛び込む、喧嘩する、「自己の行動」とこれに起因する「結果」が「自己完結」するならば規制は不要。「自由と責任」は一体です。自由を行使した結果の責任は自分で取っていただきたい。当事者でなく「ちょっと見てみよう」という場合も「こういう時は近づかない」との「自己選択」において「リスク」を覚悟すべきでしょう。

規制する必要があるのは「結果」が「自己完結」しない場合。「責任」が麻痺してしまい「火災発生」「緊急車両の通行困難」が発生するなど「他者(社会全体含む)の権利侵害」。これまでも「自己防衛の一部」となれば、現行社会からすれば、精神的、経済的な「ロス」が大きくなりすぎる。またエスカレートすれば秩序は「力による均衡」状態にもなりかねない(“無法”ですね)。

逆に「体制側」に「権限」を委ねるならば「責任」も体制に付与される。見方によっては楽です。平等に権利が主張できる。そして、多くの体制(国家)が“安定”を名目に現時点で選択した道は、「福祉国家化(“富の再配分”と“生活権の保障”)」ではないでしょうか。

以上あたりまえのことです。私論とは【「規制緩和」は、かつての“ぬるま湯生活”へ戻ることではない】ということ、これをもっと意識すべきということです。「規制」は「緩和される」のでは無く「委譲」されるのです。小泉さんを選ぶということは、既得権益が「市場」に「ばらまかれる」ということだけではなく、「自らの手」で再構築する、監視するということです。「民間企業」では無く、広い「民」の手で。今まで自主的には持ち得なかった「倫理観」と併せて・・。

本スレとは無関係(どちらかといえば“青い炎”さんのレス(1349:小泉支持)向け?)、長文、まとまりの無さ、の三悪スレ申し訳ない。 (2003/09/21(Sun) 12:49:37)

 

空水電脳寺 >

私は当夜道頓堀に駆けつけました。これほど大阪の若者が優しい眼を輝かし、連帯感あふれる風景を見たのは大阪で生まれ育った49年間ではじめてです。総合技術監理的な視点で思ったことは、これを機会として「水の都大阪」にきれいな川を取り戻す事と考えます。その象徴が美しくなった道頓堀に未来を担う若者が安全に飛び込むことと考えます。 (2003/09/21(Sun) 14:48:05)

 

青い炎 >

今や阪神優勝の象徴となった道頓堀飛び込みを規制することは、喜びの爆発を抑えつけるようなもので、私は大反対です。私などは阪神ファンのバカ騒ぎは見てるだけで楽しいので、どうか規制を増やさないで欲しいと願います。ネギさんのいう軽犯罪が増えると凶悪犯罪が増えるという話なら、なおさら道頓堀飛び込みを軽犯罪の部類には入れずにOKということにして、逆に簡易シャワーを設置して、飛び込んだ後でも街の美化が保てるようにして欲しいです。 (2003/09/21(Sun) 16:34:53)

 

APEC >

私はあれは「祭り」だと思っています。特別な日にはいつもできないことをやってもいい、いつもガマンしていることを爆発させる、そういう「ハレの日」は昔からあったでしょう。その典型的なものが「祭り」です。

私は子供のころ、大晦日だけは夜中の12時まで起きていても怒られず、そのことが楽しみでした。そういうことも含めた、「いつもできないことができる」という楽しみがないと、毎日が平坦すぎてつらいので、必然的にできたシステムだと思います。ガス抜きといってもいいでしょう。道頓堀川は、それに近い感覚ではないのかなと思って見ています。ですから、お役所的あるいは無配慮な規制は逆効果だと思います。「ハレの日」気分の時に権力の横槍というのは最悪の組み合わせです。

基本的には青い炎さんのおっしゃるように自己責任でしょう。しかし、それが他人に、あるいは社会に迷惑をかけるものであれば、野放図にはできません。自己責任は大切ですが、何から何まで自己責任にすると社会は崩壊すると思います。日本は島国で言語の孤島ですから、ほとんど出て行く人はいないでしょうが、大陸では社会が不安定化すると、国民が国を見捨てることはよくあることです。

川底が浅く、廃棄物や水質汚濁により安全がおびやかされるのであれば、抑止効果のある(飛び込むことを思いとどまらせる)ものを設けるべきでしょう。飛び込むなというカンバン、トラロープ、ここで飛び込んで死んだ例があること(高速道路では事故車のショッキングな写真を見せたりしています)、さらには桁下にネットを張るとか。どうしても飛び込みたい人は何があっても飛び込みますから、それを規制するのは不可能です。通行止・警察騒乱防止は、手続き上はできるでしょうが、前述のように逆効果になるリスクが高いと思います。 (2003/09/21(Sun) 17:13:27)

 

腹八分 >

その地域周辺一帯が、通行不能状態となることにさほど地元の人は困惑していませんね。救急車や消防車が通れなかったといった具体的事例に至っていないこともあるが、社会に迷惑になっているかどうかについて、訴訟問題が出たということもないようですし。それと、地元商店街にしても騒ぐこと自体を問題視しておらず、衛生上不潔な状態で歩き回るのが困るということのようだ。一般市民もむしろ、そのお祭り状態を見に出かける人までいるくらいで、誰かに迷惑がかかっているのかとはあまり思えない。まあ、阪神が優勝するときくらい、いいんじゃないでしょうかね。

汚い川(大腸菌群数がおよそ3級水産水質の千倍以上だったか?)に飛び込んだ人が、それで病気なろうが万が一死のうが、成人がする以上自己責任以外の何者でもないでしょう。 (2003/09/21(Sun) 17:51:33)

 

魔法使い >

橋の上から川に飛び込む事に関する安全管理には、1)させない、2)しても事故がおきる確率を減らす、の2つがあります。私は後者の立場です。飛び込んで死ぬリスクがあるのは承知で飛び込む社会になるほうが、大人の社会に近づくからです。

規制よりはむしろ、川底をさらって自転車などの投棄物を取り除くことや、水質浄化のため、これを機会に道頓堀川を浄化する事業に取り組むことなどです。これは今後、20年に一度?の阪神ファン行事のためだけでなく、都市河川の水質浄化や親水性の向上に役立ちます。道頓堀川がきれいになって毎夏、ここで泳ぐ市民が風物詩になるなら、すばらしいことではありませんか?

私の住む高知県では、今でも、夏になると、四万十川などの沈下橋で、橋の上から子供たちが川に飛び込みます。休み前にはできなかった子供が、夏の終わりには飛び込むようになって、すこしずつ大人になっていく。多分、高度成長期以前の日本では普通の風景だったと推測します。

スペインの闘牛祭りでは、街中を牛が市民を追いかけて疾走するお祭りがあったと思います。毎年、けが人がでるし、時には死亡者も出るようです。しかし、止めたとは聞きません。是非、道頓堀川を浄化し、日常は市民の憩いの場に、阪神優勝時には優勝ダイブの場に、選手も一緒に飛び込んで欲しいものです。 (2003/09/23(Tue) 07:52:50)

 

ねぎ >

APECさん,祭りにはルールがあります。組織化され管理されています。一見乱暴にみえる岸和田だんじり祭もそうです。http://www.city.kishiwada.osaka.jp/hp/45/4510/danjiri-jiten/unnei.htm。スペインの牛追い祭りも同様です。http://www.jspanish.com/genchi/populardown3.htm。ルール無し,好き勝手,やりたい放題の祭りがどの世界にあるでしょうか?ご存知であれば教えてください。

魔法使いさん,道頓堀川へ飛び込んだ若者=阪神ファン,ではないと思いますよ。去年のWCサッカーでも2000人飛び込んでいます。理由はともかくただ騒ぎたいだけのようにみえます。

水泳可能レベルの水質浄化は簡単にできるものですか? (2003/09/23(Tue) 21:51:43)

 

和泉式部 > =魔法使い

ねぎさん、名古屋には堀川、東京には隅田川という運河や都市河川があります。しかし、ドラゴンズやジャイアンツが優勝してもこれにダイブしましたかね?どうも、道頓堀川にはダイブする条件がそろっているように思えます。例えば、河川周辺、川面が夜間でも明るい。橋から水面までの距離が小さい。観客がいる、といったことでしょうか?堀川などでは繁華街がなく、夜も暗いので危険です。ルールといえるかどうかわかりませんが、ダイブしてもよさそうな場所が道頓堀川かもしれません。突き落とす奴がいるのは、犯罪行為ですから、論外です。私は組織化を否定はしませんが、必要以上の組織化は慎むべきを原則としています。犯罪につながるのなら別ですが、優勝騒ぎでダイブするぐらい、いいのではないでしょうか?

水泳レベルの水質浄化が簡単にできるとは思えません。都市河川の浄化は、ダイブさせるためだけにするのではありませんが、もしそうなったとしても、私はダイブしません。カナズチに限りなく近いからです。(^^)彼らのために民間で共同シャワーぐらい設置して、臭いまま歩かずにすむようにしてやってはいけませんか?「日本一になれば又するダイブかな、簡易シャワーは粋なご祝儀?」 (2003/09/23(Tue) 23:27:06)

 

魔法使い >

ねぎさん、だんじり祭りと牛追い祭りのホームページ読みました。私の偏見かもしれませんが、牛追い祭りは必要最低限の管理とルール化。だんじり祭り=統制のきいた組織化でしょうか?日本人は農耕民族のためか、統制のとれた組織が好きなように思えますが、私は、常識程度で規制していくことを望みます。

黒澤明の「7人の侍」の最終場面は、田植え歌を歌いながら村中総出で田植えをするシーンで終わります。まことに日本的で組織立っていますが、ぬれた日本手ぬぐいが、体にまとわりついてくるような違和感があり、私は好きになれません。 (2003/09/23(Tue) 23:52:30)

 

APEC >

ねぎさん、やりたい放題の祭りなんてどこにもないでしょう。「いつもできないことやる」「いつもガマンしていることを爆発させる」=やりたい放題・ルールなしではないですよ。日本における本来の祭りは神事ですから、ルールは厳格です。

私が「祭り」といったのは、祭礼というイベントだということではなく、非日常性を求め、それを実行するという意味での共通性を言ったつもりです。昔の感覚あるいは日常生活で、「ハレの日」に農作業などを休んで祭礼をするということは、それが神事のルールにのっとっているかどうか、あるいは団体プレーであるかどうかということ以前に、とてつもない非日常性であったようです。昔の「いつもできないこと」はなんだったのか、「いつもやっていること」はどんなことだったのか、非日常性とはどういうことなのか、そういったことを理解しないと、「ハレの日」は理解できません。

現代ではどうでしょうか。もしかすると、今の日本人にはもう「ハレの日」というものは理解できなくなっているのかもしれません(これは形を変えても残っていってほしいなと思うのですが)。それくらい「日常性」というものの希薄化、退屈しない刺激の多い生活、いつもちょっとした非日常性を体験できる生活を送っています。そして個人主義です。ダイブは、刺激に鈍感になった人たちが、高揚感・開放感のようなものを味わおうと(そのように明確に意識してではないでしょうが)している面があるのではないか、その感覚は祭りの持つ非日常性に似ていると私は思うのです。

私は田舎暮らしですから毎年祭りをやっていますし、まちづくり活動の一環としてあれこれ未熟ながら考えています。やはり祭りは快感で、クセになります(笑)。私は他人や組織に依存するのは嫌いですが、大人数で大音響の中、ワアーッとやっているときの感覚は、やはりトリップですよ。他では味わえません。現代の暮らしを送っている我々がそう感じるのですから、昔の暮らしをしていた人たちにはもうとんでもない非日常性なのでしょうね。そういうことを「いつもできないことやる」「いつもガマンしていることを爆発させる」と表現しました。イコールやりたい放題・ルールなしと理解されると、ちょっと寂しいですね。 (2003/09/24(Wed) 08:58:28)

 

けー >

規制はともかく、APECさんが仰る「ハレの日」に人々が自然に集まる空間が都市の中にあまりないのだろうなぁと思いました。

昨年のW杯で有名になったソウル市役所前広場をはじめ、海外には教会、市役所、駅の前にそういった広場があることが多いですよね。そう考えた時に、大阪の場合、唯一開けた空間があの水辺だったんだろうな、と思います。

実際、ちょっとしたスペースのある尼崎駅前には人が集まっていましたよね。駅前広場の設計でも環境空間が重視されるようになりましたが、まだまだタクシープールやバスレーンの容量を満足させることが優先で、環境空間は余った敷地を埋めるだけのような扱いのものをよく見かけます(植樹で覆ってしまう場合もありますし)。

地域コミュニティが重視され、また危機に瀕していると言われる今、まちの中で「集う空間(箱モノではなく)」をどう形成していくかということを長期的視点ではもう少し重視していくべきなのかなという感想を抱きました。やっぱりあの橋に集まった人達は、「阪神ファンで良かった、大阪人で良かった」という連帯感を感じたんじゃないですかね?それはそれで眉をしかめつつも、結構うらやましいと思っていました。

もうすぐ福岡ダイエーホークスの優勝ですが、福岡では中洲の橋もさることながら、キャナルシティに集まるんだそうです。民間の箱モノがそういう位置づけを獲得(?)するのは珍しい事例ではないかと思いますし、あれの空間設計はそれなりのものがあるということなんでしょうね。 (2003/09/24(Wed) 09:29:36)

 

APEC >

先ほどのレスから、ちょうどけーさんと似たようなことを考えていました。「大勢が集まって盛り上がる」ということが、祭礼に限定されていた昔から、今ではワールドカップであったり阪神優勝であったり、いろいろなことがある。本当に阪神優勝を祝いたい人も来るだろう。ねぎさんがおっしゃるように騒ぎたいだけで来る人もいるだろう。ダイブすることで鬱積を爆発する人もいるだろうし、集団効果のようなもので浮かれて飛び込むお調子者もいるだろう。そういういろいろな人を飲み込むことができて、かつ水を差さずに楽しめる場所・・・・「お祭り広場」があるようなまちづくりって突飛でしょうか。 (2003/09/24(Wed) 09:42:00)

 

み〜すけ >

現代はあまりにも刺激が多くて、昔でははっきりしていたハレの区分があまりないというか、かったるい日常がだらだら、フカンショウになっているといいますか・・・・。on-offがはっきりしていないというか、メリハリがないというか・・・。よほどのことがないと、なかなか盛り上がれなくなっているような気がします。そうですね、爆発できるわくわくするような体験が、なかなかできないのかも。地域のお祭りも、楽しむ域には達せず、大過なくお役目をまっとうすることに専心する秋祭り実行委員でありました。ついリスクの少ないバザーの係りに手を挙げてしまったわたし・・・。 (2003/09/24(Wed) 10:16:27)

 

腹八分 >

雨がやまないので、本日の調査は中止。

けーさん、APECさん、広場の話しですか。思わず天安門広場とか赤の広場を想像しちゃいました。何かあるとワッーと人が集まれる場所は確かに少ないですね。戦時中だか、江戸時代だか、集会の禁止令とかあって、町づくりから広場は削除されたのでしょうか。

ねぎさんのおっしゃる、水質浄化について。私は河川の専門家ではないので想像ですが、かなり大変だと思われます。護岸(この表現でいいのかしら)は石かコンクリートですし、流れが遅く水がほとんど動かない嫌気性の状態(かくはん、移流が期待できず生態系の発達が期待薄)。つまり、一度川底を浚って水を全部入れ替えたとしても元の木阿弥かな。それと、立地が低地(あのあたりは地盤が低く淀川や大和川が氾濫すると水に浸かる地域)であるため流入は制御できでも、流出の促進にはポンプでも使わないと無理かな。あと、下水の垂れ流しを止めさせないと。あれは川ではなくて単なる排水溝となってしまっている。どなたか案をお示し願います。

あの水質の川になぜ飛び込むのか理解できないが、大の大人が自分の意志でやっている以上、自殺行為でも無い限り止めさせることはできないのではないか。それと、魔法使いさんおっしゃる簡易シャワーの設置は、理に適っているのですが、警察が「飛び込まないで」と看板を立てた横に、「飛び込んだ方はこちらへどうぞ」と設置するのも変ですね。まあ、高額な使用料を徴収して地域の美化資金にあてるという条件でならOKでしょうか。

京都の疎水も、かつては(昭和40年代)水泳教室が催されていたほどきれいだったが今は無理。住民の排水もあるし、水源である琵琶湖の水質が悪化していることも要因であろう。 (2003/09/24(Wed) 10:17:08)

 

腹八分 >

み〜すけさん、「ハレとケの区分」とはなんでしょうか? (2003/09/24(Wed) 10:21:37)

 

APEC >

晴れ(ハレ)の日と褻(ケ)の日です。ケの日というのは普段とか日常のことで、倹約して淡々と過ごす習わしになっています。その分、村祭りなどのハレの日には思い切って羽目をはずして楽しみます。また、ハレの日しばしば恋の舞台にもなっていたようです。要はメリハリですね。仕事をするときは仕事に集中し、遊ぶときはスパッと切り替えて遊ぶ。それはストレス解消にもなるでしょう。仕事も中途半端、遊びも中途半端ではダメですね。 (2003/09/24(Wed) 14:25:29)

 

腹八分 >

APECさん、ありがとうございました。なるほど国語辞典には載ってますね。ひとつ勉強になりました。 (2003/09/24(Wed) 14:52:55)

 

ねぎ >

全裸でうろついたり,かに道楽の目玉を抜き取ったり,女性の衣服を剥いだりetcは,「いつもガマンしていることを爆発させ」てもよい範囲を超えています。「やりたい放題・ルールなし」以外考えられません。

流体の運動を表す方程式にナビエ・ストークス方程式(N-S方程式)があります。N-S方程式はレイノルズ数(Re数)という無次元量に支配されます。Re数が小さい(流速が小さい)ときには,流体は秩序正しい挙動(層流)を示しますが,Re数が臨界値を超えると突然不規則な運動(乱流)に遷移します。人の集団の行動も同様ではないかと思います。

エネルギーを持った集団が,一定の規模を超えたとき,些細な刺激でも暴走を誘発する可能性があることは容易に予想されます。私はこのことを危惧しています。祭りは,制御が加えられているのでエネルギーを持った集団でも暴走しないのです。どうしても飛び込みたいのなら,一般の祭りのようにルールを決め,暴徒化させない仕組みを作ることが必要不可欠と考えています。 (2003/09/24(Wed) 20:33:53)

 

日本人 >

青い炎さんの最初の書き込みに我が意を得たりとおもったのですが、二つ目の書き込みに失望しました。ねぎさんの意見に同感ですね。阪神ファンのやっている事は、良識ある人たちの眉をひそめさせる愚行です。 (2003/09/24(Wed) 22:25:35)

 

APEC >

なるほど、ねぎさんとの意見のすれ違いの部分がわかったように思います。私は「祭り」というのは、「ハレの日に非日常的な羽目を外して楽しむこと」だと思います。その点で共通点があると考えました(この場合の羽目を外すというのは、ルール無視ややりたい放題ではありません)。

ねぎさんは「祭りならルールがある」とのご意見でした。その通りだと思います。ただ、ルールの有無は祭りの本質ではなく、枝葉の特徴ではないかと思います。その点に着目して「だから祭りではない」ということでしたら、「確かにそういう枝葉の点では相違があるけれど、本質的な部分は同じではないか」というのが私の意見です。最初のレスがわかりにくい表現だったかもしれませんね。お詫びします。

現状は、多くの人が眉をひそめていますし、このままで言いわけがないのですが、基本的には自己責任であること、「ハレの日」的高揚感があると思われるので強制的・お役所的な規制はスムーズにいかない気がすることから、シャットアウトするのではなく、そのエネルギーを他の場所・方法で発散するよう誘導すべきだと思います。そのあたりが行政の腕の見せ所ではないでしょうか。戎橋に限定するとそのようなことはムリでしょうから、戎橋では抑制効果と万一への備え、あとは自己責任です。世の中には知事の責任を言い出すようなおかしげな市議もいるようですが、そういう手合いは無視すればいいでしょう。 (2003/09/24(Wed) 23:34:38)

 

魔法使い >

APECさん、確かに戎橋ダイブは祭りですね。元々、野球やサッカーなどのスポーツは祭典と呼ばれています。観客は選手に自己を仮託することによってこの祭りに参加するわけですが、それはあくまで仮託なので、どこかに不満が残ります。これが、観戦型の祭りの限界です。これを発散させるのが、戎橋ダイブです。本来、祭りは参加型であるべきで、参加者全員がオンリーワンになれることが大切です。

又我田引水となりそうですが、全国の若者の間に広がりを見せている「よさこい」祭りはその典型です。「よさこい」という言葉と鳴子を持って踊る、というルールがあるだけで音楽も衣装も、振り付けも自由です。ですから、若者が中心となって、各グループがオンリーワン的な満足感や参加実感をえることができます。こうしたことからも、21世紀は参加型社会であることが広がっていくと思われますし、社会にとっても参加実感の醸成が重要であると思います。 (2003/09/25(Thu) 02:22:26)

 

神戸の人 >

あのですね・・・優勝したの阪神なんですよ。まぁ甲子園とか三宮、尼崎でもお祭り騒ぎはありますけど、大阪みたいなアホな状況ではないです。しかもですね、難波に集まってるアホに同情的な皆さんによくよく考えて欲しいんですが、「大阪難波の戎橋と阪神タイガースは何の関係もない」んです。

阪神タイガースの親球団阪神電鉄は、大阪の梅田(キタ)と神戸の元町を結ぶ電車ですし、関西で「阪神(間)」といえば通常「大阪と神戸」ではなく、「大阪の西の端あたり(←入るかどうか微妙、梅田周辺はもう入らない)から神戸の東半分、特に西宮・芦屋および神戸市東灘区を中心とした地域」の事です。

首都圏や関西以外の地域の方、分かってもらえますか?横浜が優勝して渋谷で騒いだり、まぁ横浜は神戸でなく西宮に本拠地がある阪神よりももっと直接別の大都市の球団ですが、距離感が近いのはロッテです。ロッテが優勝して東京で騒ぐようなもんです。しかも錦糸町辺りでなく方角的に全然違う新宿とか上野とかで。

阪神間の人間からは、大阪で勝手に浮かれて戎橋が押すな押すなの盛り上がりなのは、優勝の当夜から全く違和感ありまくりのドッチラケでした。参加型と表現すると、何の関係もない他所での出来事に便乗した社会への甘えを美化してしまうと思います。あいつら単に騒ぎたいだけですよ。

昔西成で暴動になったとき、本来何の関係もない大阪の10代20代のヤンキーが退去して押しかけて「普段やれないこと」をやっていたのと同じです。同じ関西人でも、大阪のああいう連中は全く理解できません。ハッキリ言って神戸・阪神間の人でも、こういう事件がある度に「また大阪か・・・」と呆れている人が多いです。 (2003/09/25(Thu) 10:40:14)

 

神戸の人 >

勝手に飛び込んで溺れそうにならないかを助けるために、警察官が多数、本当に多数動員されています。私の知り合いもそうです。今回など数ヶ月前から予想できたのだから、大阪市がなぜ事前に条例で規制しないのかという方が私の周りには多いです。行政にも、ニュースのない大阪にとって、一種の楽しいお祭り、亜流の道頓堀パレードみたいに考えている部分があるように思います。

今回ついに亡くなってしまった方が出ました。不謹慎な発言ですが、お祭り当日でなかったのは、アホに振り回される裏方の多くの方にとっての救いです。当日に犠牲者が出たら、友人達警察官が責められるでしょう。しかし、今回不幸にして亡くなった方がでてしまったので、来年以降も阪神が優勝するなどの大阪のアホが騒ぎかねないきっかけがあるとき、それが事前に予測できるものならば、飛び込み禁止条例を作らないのは大阪の行政の決定的な怠慢と言えます。この怠慢のお陰で税金もたっぷりかかってしまう訳です。 (2003/09/25(Thu) 10:51:23)

 

神戸の人 >

『「ハレの日」的高揚感があると思われるので強制的・お役所的な規制はスムーズにいかない気がすることから、シャットアウトするのではなく、そのエネルギーを他の場所・方法で発散するよう誘導すべき』そんな心配までしてやる必要がどこにあるのでしょう?いいですか、大阪以外の若者は何かにかこつけて社会のルールを無視したり暴動を煽ったりしてはいません。それとも大阪の若者は今回幸運にも若いエネルギーを発散する場をもてたが、大阪以外の若者はエネルギーの発散の場がなく爆発寸前なのでしょうか。

単に甘やかすから社会に対して付け上がるだけだと思います。明らかに自分達の勝手な論理で社会に迷惑をかけているのだから、どんどん逮捕すればいいと思います。 (2003/09/25(Thu) 10:57:23)

 

これい >

はじめまして。うまく書けそうにないので私の意見は止めておきたいのですが、一応情報だけ。(知っておられる方々すいません)道頓堀川では、NPO法人の企画で来年の8月8日水泳大会が催されるそうです。参加者と同時に”眼科・耳鼻咽喉科・内科・外科の先生方のボランティアを大募集”されてます。http://www.furusato.gr.jp/ (2003/09/26(Fri) 11:06:55)

 

空水電脳寺 >

これを機会に「水生生物の保全に係る水質環境基準の設定について」http://www.env.go.jp/council/toshin/t094-h1504.htmlに目を通していただければ幸いと存じます。 (2003/09/30(Tue) 22:43:06)