- 1 名前:APEC 投稿日: 2006/10/09(月) 23:00:46
- 4−6 昭和30年代から40年代前半にかけて水稲の単位面積当たり収量が飛躍的に向上したが,一般的にいわれている技術的な収量向上要因として,次の記述のうち,誤っているものはどれか。
(1) 泥炭地の開発,湿田の乾田化など土地改良技術が進歩し、生産性向に貢献した。
(2) 稲の品種改良が進み、桿長が長く大柄で多肥栽培向けの品種が普及した。
(3) 化学肥料が増産され,多肥化が進むとともに、使いやすい粒状化成肥料や高度化成肥料が生産され,追肥に重点を置いた施肥技術が普及した。
(4) 保温折衷苗代やビニル畑苗代など保護苗代を用いて、早植栽培や早期栽培が普及し、寒冷地では遅延型冷害の回避、西南暖地では台風の被害の回避に貢献した。
(5) 有機合成農薬が普及し,ニカメイチュウやいもち病の防除に大きな効果があった。
- 2 名前:とくさ 投稿日: 2006/10/09(月) 23:43:00
- 2か4か迷って、2にしてしまった。
「日本晴れ」のイメージがあって、多肥栽培ではなく多収穫かなと思って。
- 3 名前:kei 投稿日: 2006/10/09(月) 23:58:18
- 5にしました。有機合成農薬って聞いたことがなかったものですから。
- 4 名前:名無しさん 投稿日: 2006/10/10(火) 10:08:58
- 5にしました。
keiさん同じで、有機合成農薬って聞いたことがない。
また、いもち病って現在進行形じゃなかったですか?
- 5 名前:名無しさん 投稿日: 2006/10/10(火) 11:36:46
- 2にしました。桿長が長かったら耐倒伏性が低下するのでは?
緑の革命でのIR-8も桿長を短くする方向だったし。
ちなみに5の有機合成農薬は存在するみたいです。
ttp://www.jcpa.or.jp/qa/detail/03_01.htm
- 6 名前:マキヤスチャンプ 投稿日: 2006/10/10(火) 21:04:24
- �△砲靴泙靴拭�
桿長は、短い方向へ
育種されていたのでは・・・
- 7 名前:名無しさん 投稿日: 2006/10/11(水) 00:06:57
- 5にしました。
有機合成農薬が昭和30年代から40年代前半にかけて普及したのか?
また有機合成農薬がニカメイチュウやいもち病の防除に大きな効果が
あるのか?
疑問の残るところです・
- 8 名前:名無しさん 投稿日: 2006/10/11(水) 11:32:11
- 正解はやはり2が濃いようです。
昭和55年版科学技術白書によると、
「1960年代の水稲作技術についてみると,耐肥多収性品種が育成され普及し,1961年(昭和36年)に極短桿品種ホウヨクが生まれ,
また,1966年(昭和41年)にはレイメイが放射線突然変異育種第1号の極短桿品種として誕生した。
また,アイソトープの利用等による試験研究に基づき深層施肥技術,追肥技術等の施肥技術の確立,
普及等もあって水稲の単収は飛躍的に上昇した。」(抜粋)
また有機合成農薬に関しては、
ニカメイチュウに対するBHC、ウンカに対してDDT、いもち病に対して有機水銀剤が大きな役割を果たしたとあります。
ちなみに、これらの農薬はご存じのように昭和45〜46にかけて使用禁止になりました。
また有機合成農薬については、国土交通省がこれらの農薬を有機合成農薬といってますので(ttp://www.hrr.mlit.go.jp/hokugi/04/river/yougo08.html)
有機化合物を含む化学農薬のことを言っていると思われます。
|