技術士第一次試験 平成16年度 適性科目 問題と正解・解説

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適性科目解答案一覧
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2-2 2-7 2-12
2-3 2-8 2-13
2-4 2-9 2-14
2-5 2-10 2-15

■注記■ここでは、技術士法技術士倫理要綱、および下記文献を参考にしました。文中では「テキスト1」のように略称を使っています。これらは試験勉強のテキストともなりますので、可能なら入手してください。

略称 書籍名 著者 訳編 発行所 参照 正解に関わる記述がテキストにあった問題数
テキスト1 科学技術者の倫理〜その考え方と事例 Harris,Pritchard&Rabins 日本技術士会 丸善株式会社 こちら
テキスト2 環境と科学技術者の倫理 Vesilind&Gunn こちら
テキスト3 科学技術者倫理の事例と考察 米国NSPE倫理審査委員会 こちら
テキスト4 大学講義 技術者の倫理入門 第2版 杉本泰治・高城重厚 こちら
テキスト5 技術者倫理の世界 藤本温(編著) 森北出版 こちら
テキスト6 技術士の倫理 日本技術士会倫理委員会 日本技術士会 こちら

課題1
 技術者とは、技術業(エンジニアリング)に携わる専門職業人(プロフェッショナル)である。技術業とは、数理科学、自然科学および人工科学等の知識を駆使し、社会や環境に対する影響を予見しながら資源と自然力を経済的に活用し、人類の利益と安全に貢献するハードウェア・ソフトウェアの人工物やシステムを開発・研究・製造・運用・維持する専門職業である。専門職業とは、社会が必要としている特定の業務に関して、高度な知識と実務経験に基づいて専門的なサービスを提供するとともに、独自の倫理規程に基づいた自律機能を備えている職業であり、単なる職業とは区別される。技術士は、ここに定義される専門職業人の一つである。

2−1 次に、専門職業人としての技術者になるための要件、そして、専門職業人として業務を提供するときの要件が示されている。この要件の中で、ふさわしくないものほどれか。

(1) 適切なエンジニアリング教育を受け、エンジニアリングの基礎知識とその応用について学ぶ、あるいは、これに相当する知識と応用を習得する。エンジニアリング教育には、明確な教育目標があって、第三者によって認定されたものであることが望ましい。

(2) 専門分野の実務を自分の判断で実施するようになるには、エンジニアリング教育修了後、優れた技術者の監督のもとで、一定期間以上の十分な訓練を受け、経験を積むことが必要である。この期間は、少なくとも4年間が必要であるとされる。

(3) 実務を行うときには、自分のもつ専門分野の能力を最大限に発揮して行い、専門外のことであっても、自分の判断で実施することが重要である。

(4) 技術者の資格を定める法律や、技術者協会の規程には、技術者が遵守すべき倫理規程が示されている。技術者は実務遂行の過程において、これらの倫理規程をその意思決定の基準とする。

(5) 技術の進歩は目覚しく、最新技術ほど陳腐化が早い。常に最新の知識をベースに仕事をするためには、技術能力を向上させるための継続的な能力開発が不可欠である。


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正解は3
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(1) ・・・・○
 技術者教育の基本思想ですが、特に後半は、ワシントンアコード、JABEEの基本思想でもあります。ひらたくいえば、JABEE認定教育プログラムであることが望ましいといいたいわけですね。^^;
(2) ・・・・○
 これは修習技術者に求められる、IPD(実務修習プログラム)のことを言いたいようですね。これは、修習技術者(JABEE認定教育課程修了者、あるいは一次試験合格者)が、二次試験受験資格を得るまでの「学習課程」であり、いわば「技術者養成コース」のようなものです。
(3) ・・・・×
 これは技術者倫理の基本です。技術士倫理要綱の2(専門技術の権威)に、「技術士は、つねに専門技術の向上に努め、技術的良心に基づいて行動する。また、自己の専門外の業務あるいは確信のない業務にはたずさわらない。」とあります。
 また、NSPE(全米プロフェッショナル・エンジニア協会)やASCE(アメリカ土木技術者協会)の倫理綱領にある、「技術者は、その専門職の義務の遂行において、自分の有能な領域においてのみサービスを行う」という基本理念を、テキスト4では「有能性原則」と呼び、技術者倫理における原則の1つに位置づけています。このテキスト4の内容は、テキスト6でも引用されており、さらにテキスト6p.24では、この規程は技術士法第46条(名称表示の場合の義務)とほぼ同じ主旨の規程としています。
(4) ・・・・○
 これは感覚的にもその通りです。テキスト5のp.30〜32には、倫理規程・倫理綱領の意味について書かれていますが、ひとつの手引きとして行動指針を示すなどの意味合いとともに、倫理規程があることによって、倫理は技術者にとって個人的良心の問題ではなくなる(何もないところで自分の良心だけで戦わなくてもよくなる。良心的な技術者を保護する)という意味もあります。
(5) ・・・・○
 技術士法第47条の2、資質向上の責務の内容に一致します(参考:テキスト6、p.25など)。


課題2
 企業に所属する技術士の態度について、次の記述を読み、ふさわしい態度を○、ふさわしくない態度を×として、その正しい組合せを選べ。

2−2

ア)法令と規則が遵守されている限り、技術倫理は十分に徹底されているから、その範囲内での判断は全て経営問題に属する。したがって、技術的な判断はさしはさむべきではない。

イ)企業に所属している技術士は、企業の利益と公衆の利益が相反した場合には、雇用主である企業の利益を最優先に考えるべきだ。

ウ)企業は受注した仕事を実施する義務を発注者に対して負っているから、発注者の意向には従わなければならない。仮に、法令に違反した内容の指示を発注者から受けても、それは発注者の責任であるから、受注側企業に所属する技術士としては、指示どおり実施すべきだ。

エ)技術士は、企業に所属する以前に、技術士という専門職業人であると考えるべきであり、所属する企業が技術に関して法令違反をしているのに気付いたら、まず最初に、企業の外部に対して告発をすべきだ。



(1)  (ア)× (イ)○ (ウ)× (エ)○
(2)  (ア)○ (イ)○ (ウ)× (エ)○
(3)  (ア)○ (イ)× (ウ)○ (エ)×
(4)  (ア)× (イ)× (ウ)○ (エ)○
(5)  (ア)× (イ)× (ウ)× (エ)×


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正解は5
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ア)・・・・×
 倫理は講義のモラルに属するものであり、法と相互補完の関係にあります(テキスト6、p.1〜3)。法と規則を守れば技術者倫理はOKというのは間違いです。
イ)・・・・×
 公益確保の責務(技術士法第45条の2)より、明らかに間違いです。テキスト4では「公衆優先原則」としてまとめられています。
ウ)・・・・×
 これは技術士法第44条、信用失墜行為の禁止に該当します。・・・・という以前に社会常識の問題ですが。
エ)・・・・×
 最後以外は正しいのですが、いきなり外部に告発してはいけません。内部告発は最終手段であり、手を尽くした後でないと正当化されません。ディジョージ(この試験では「ド・ジョージ」と呼ばれています)の内部告発の条件についてこちらにまとめてありますので参考にしてください。

 以上により全部×で、正解は(5)となります。


課題3 水を使って試運転しないと個々の性能が分らない機械で、水で試運転すると錆(さび)が発生するので、試運転後は分解し乾燥してから錆(さび)を落としている。機械としては長期間作り続けている製品であるので性能は安定している。しかし顧客から1台毎の性能検査成績表の提出を求められているので、成績表を提出しなければならないが試験費用がかなりかかる。代表的な性能検査成績表1枚の提出では、個々の機械の成績にはならないので、単に数値が異なるように乱数を使って性能検査成績表を作成することにした。これによって、水による試運転試験を省略し、ユーザのコストダウンの要求に対応している。

2−3 次のうち、水を使った試験に対応する設計担当者として、とるべきふさわしい態度を選べ。

(1) 試験のデータに関してはユーザからは何の問い合わせもないし、性能上問題はないのだから、問題が起きない限りそのまま続ける。

(2) 品質管理の問題だが、事実に反する記録を残すのは好ましくない。試験を実施するように社内を説得する。説得が完了するまで乱数表を使った成績表を作成する。

(3) 実際に性能を満足する製品を長期間供給してきた実績により、ユーザと協議して、全数検査から抜き取り試験、さらには無試験に順次変えていく。その間は費用がかかっても水を使った試験を実施する。

(4) 現在まで性能上全く問題ないのであるから、検査事務簡略化のために抜き取り検査に変更する旨ユーザに申し出る。了解か得られるまでは現状のやり方を続ける。

(5) 顧客のコストダウンに対応して行ったとはいえ、正しくない試験成績の提出方法であるから、社内の説得を抜きにして顧客に実情を申し出て、顧客から試験方法改善の要求をしてもらう。


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正解は3
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まず基本的な認識として、これは不正行為(データの捏造、虚偽報告)になります。
(1)は論外として、(5)は社内の説得を抜きにしている部分が間違っています。つまり、手を尽くさない内部告発(正当性のない内部告発)ということになります。
(2)、(4)は、問題解決まで現在の試験を続ける、すなわち嘘をつき続けることが間違いです。
よって、正解は(3)です。
・・・と、一般常識感覚的に解説しましたが、この問題は、「功利主義」というものを理解する格好の題材なので、ちょっと掘り下げてみましょう。
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なぜ「ウソをつくこと」がいけないのでしょう。
テキスト5のp.93で「倫理学の三理論」として、徳倫理学、義務倫理学、
功利主義(帰結主義的倫理学)が取り上げられています。虚言の禁止ということを、この三理論からみてみましょう。
徳倫理学は、よく嘘をつく「」に着目します。たとえば「よく嘘をつく人を好きになれるか?嘘ばかり言っているとあなたも同じ嘘つきになる。嘘を言うことは、駄目な人間になることだ。」というような考え方です。
義務倫理学は、虚言という「行為」に着目します。「嘘は他人を欺く、すなわち目的のために他人を道具のような「手段」として扱う悪しき行為。それに全員がそういう行為をしては社会が成立しない。全員が同じことをしたら困るような行為をしてはいけない」という考え方です。
功利主義は、虚言の「結果」に着目します。「嘘をつかれた人は怒ったり困ったりするし、嘘をついた人は信用をなくすといった、悪しき結果になる。また社会によい結果をもたらさない」というような考え方です。功利主義における正しい行為とは、ベンサムの言うところの「
最大多数の最大幸福」です。すなわち、幸福が最大になるような行為が正しいとされます。
この事例行為は、コストダウンという効用を生んでいるように見えます。「性能は安定している」のですから、故障が起こる確率は低いでしょう。ということは、試験を続けることによる受益、すなわち故障リスクを逃れる恩恵は、故障した場合の損失×一定期間内の故障回数となるでしょう。一方、費用は試験費用×一定期間内の試験回数となるでしょう。おそらく受益<費用となっている、すなわち割に合わない状態なのだと推定されます。有名な「フォード・ピント事件
こちら)はまさにこのような例です。欠陥車により事故が起こった場合の損失(賠償等金額)×事故の頻度、すなわち欠陥修理による受益が、修理費用より安かったため、「リスクを保有する」という選択をとったものです。
これは一見して理にかなっっているように見えますが、功利主義は「最大多数の最大幸福」ですから、すべての関係者に及ぶ影響をすべて計算に入れる必要があるのです。自分の会社だけが幸福であればいいと考えてはいけないのです。この点で、フォード・ピント事件も、この問題事例の水を使った試験も、功利主義における正しい行為とはいえないのです。

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課題4 次の記述は、平成16年6月14日に成立した「公益通報者保護法」に関するものである。この中から、正しい記述を選べ。

2−4

(1) この法律は、公益通報者の保護を図るとともに、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかがある法令の規定の遵守を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的としている。

(2) ここでいう「公益通報」とは、労働者が、公益に反する犯罪行為などの発生、もしくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる行政機関に通報することのみをいう。

(3) この法律により保護される労働者とは、労働基準法第9条に規定するもので、企業などを含む事業者の従業員および公務員である。ただし、派遣労働者は含まない。

(4) この法律でいう「公益に反する犯罪行為」とは、刑法、食品衛生法、証券取引法、農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律、大気汚染防止法、廃棄物の処理及び清掃に関する法律、などの法律に違反する行為である。しかし、個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)にはすでに公益通報者保護の規定があるので、「公益通報者保護法」には適用されない。

(5) この法律は、書面による公益通報の対象となった事業者が、当該公益通報に係る通報対象事実の中止その他是正のために必要と認める措置をとったときはその旨を、また、当該公益通報に係る通報対象事実がないときはその旨を、行政機関に対し、できるだけ早く通知するよう努めなければならないことも定めている。


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正解は1
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(1) ・・・・○ 法第一条に「この法律は、公益通報をしたことを理由とする公益通報者の解雇の無効等並びに公益通報に関し事業者及び行政機関がとるべき措置を定めることにより、公益通報者の保護を図るとともに、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令の規定の遵守を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的とする。」とあります。
(2) ・・・・× 「行政機関のみ」が違います。法第二条では、「当該通報対象事実により被害を受け又は受けるおそれがある者」も通報対象者となりえます。
(3) ・・・・× 派遣労働者も含みます。法第二条。
(4) ・・・・× 法第二条別表7に、個人情報保護法が明記されています。
(5) ・・・・× 行政機関でなく、当該公益通報者に対し通知します。法第9条。


課題5 次に、技術者が直面するであろう警笛鳴らし(Whistle Blowing)に該当すると思われる事例が述べてある。参考として、リチヤード・ド・ジョージ(Richard T.De George)は、1)一般の人々に深刻な害を及ぼすと予測される、2)自分の上司に報告した、3)社内で行えることはすべて実行した、などの条件を満たした場合には、警笛鳴らしは正当化されるとしている。

ア)自分が勤務する会社において、「会社の製造した製品に欠陥があり、リコールが必要であるのに上層部が相談の上これを放置している(いわゆるリコール隠いがある」と同僚たちのうわさで耳にしたので、直ちにマスコミに投書した。

イ)工場の検査担当者として発見した製品の欠陥を上司に報告したが握りつぶされた。技術部門を総括している担当の取締役に事実関係を詳細に記した報告を提出したがこれに関しても黙殺されてしまったので、この件についてはできることはすべて行ったと考え、そのままにした。

ウ)自宅で使用している同業他社の製品について、家族が使用性について不満を述べていた。自分も技術的に考えて家族の意見に賛成なので、欠陥商品ではないかとマスコミに投書した。

エ)以前に勤務していた会社で設計した構造物について強度が不足していたことを、別の構造物を設計する過程で気がついた。放置すると危険なため、事情を正確に記述した文書を前の会社に送付したが、一年以上にわたって何の反応もなかった。かつての所属長に文書を再送したが返事が無いため、やむを得ず直接監督官庁に同様の文書を送付した。


2−5 これらの事例が、適切な警笛鳴らしであるかどうかを判定して、その正しい組合せを選べ。

(1)  (ア)○ (イ)× (ウ)× (エ)×
(2)  (ア)× (イ)○ (ウ)× (エ)×
(3)  (ア)× (イ)× (ウ)○ (エ)×
(4)  (ア)× (イ)× (ウ)× (エ)○
(5)  (ア)○ (イ)○ (ウ)○ (エ)○


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正解は4
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内部告発(広義の「内部告発」)の中でも、名乗って告発することを特に「警笛鳴らし」といいます。対して、名乗らずに告発する、いわゆる「チクリ」、密告は狭義の内部告発にあたります(テキスト4、p.180)。またテキスト6の事例編p.4には警笛鳴らしの例として、富里病院医師解雇事件、本採用拒否事件、三和銀行戒告事件があげられていますが、ここでも「英語のwhistle-blowingの略語に”内部告発”は適切でない」と記されています。
リチャード・ド・ジョージ(ディジョージ)による内部告発(警笛鳴らし)正当化条件についてはこちらにまとめてあります。問題文では3つしか条件が示されていませんが、ディジョージは以下の5つをあげています。
 (1) 一般大衆に深刻かつ相当被害害が及ぶか?
 (2) 上司へは報告したか?
 (3) 内部的に可能な手段を試みつくしたか?
 (4) 自分が正しいことの、合理的で公平な第三者に確信させるだけの証拠はあるか?
 (5) 成功する可能性は個人が負うリスクと危険に見合うものか?

ア)・・・・×
 「同僚のうわさ」が根拠ですから、ディジョージの条件(4)に反します。そして直ちに投書しているので、条件(2)、(3)にも反しますし、(1)も確信が持てない状態です。また、「投書」ですので、警笛鳴らしになっていません。
イ)・・・・×
 「すべて行ったと考え」以前は正しい行動であり、ここにおいて「警笛鳴らし」を実行する条件は揃っているようです。しかし、警笛鳴らしは告発であり、事例では「そのままにした」(まだ告発していない段階で止めた)ので、警笛鳴らしに至っていません。ですから良いか悪いか以前の問題です。
ウ)・・・・×
 テキスト4のp.181には、「匿名で情報を個人の利益のために「ライバル会社に売る」とか「雑誌に投稿」するのは、犯罪行為とされる」とあります。もしこの事例の投書の動機が「個人の利益のために」という要素があれば、これは、テキスト4のp.181やテキスト2のp.78に示される、「違法・不法な内部告発」であり、広義の内部告発には含まれますが、警笛鳴らしには含まれません。もし個人利益のためでなかったとしても、匿名での告発になるので、警笛鳴らしとはいえません。
エ)・・・・○
 警笛鳴らしを実行するための条件は揃っていると判断されます。「名乗った」とは明記されていませんが、反応や返事を期待していることから、名乗ったはずです。また、文書送付先も適切です。マスコミに送ると、無用なトラブル、有害な波及などが懸念されますので、避けるべきです。

 以上により(エ)のみ○で、正解は(4)となります。このようにあれこれ理屈をつけなくても感覚的にわかるとは思いますが、きっちりと客観的な根拠付けをしてみると、理解がぐっと深まります。


課題6 技術者のエンジニアリング教育のありかたについては、多くの国際的な合意が生まれてきた。エンジニアリング教育の質の向上と継続的改善のためには、社会の要請を認識し、適切な学習・教育目標を設定し、この目標に沿って実施し、点検し、継続的に改善する仕組みを構築して運用することが重要であるという観点もその一つである。学習・教育目標の設定においては、エンジニアリング教育を修了した者が備えるべき能力について、多面的な検討がなされ、それらの能力を育成するための具体化した技術者教育のプログラムが運用されていることが求められる。

2−6 次に、エンジニアリング教育を修了した者が備えるべきいくつかの能力が示されている。この中で、ふさわしくないものはどれか。

(1) リスクマネジメントなどの体系とその限界について理解し、マネジメントやエンジニアリング実務の全般について説明できる能力

(2) 専門職技術者としての倫理、責任および業務規範をよく理解し、遵守する能力

(3) 技術的な解決が社会に与える影響について理解し、そして持続可能な開発の必要性について説明できる能力

(4) チームリーダーの指示する課題の達成のために、それが及ぼす社会への影響への配慮よりも、チームワークを優先して忠実にメンバーとしての役割を果たす能力

(5) 複雑なエンジニアリング課題とその解決法について技術者同志や、さらに社会全般に理解させるためのコミュニケーション能力


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正解は4
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エンジニアリング教育のありかた、国際合意など以前に、感覚的に、また常識的に(4)の「社会への影響への配慮よりもチームワーク優先」の部分(公益優先の義務に反する考え方)が誤りであることは明らかです。
なお、たとえばJABEEの日本技術者教育認定基準では、「下記の(a)−(h)の各内容を具体化したプログラム独自の学習・教育目標か設定され、広く学内外に公開されていること」を認定基準の1つとしています。
 (a) 地球的視点から多面的に物事を考える能力とその素養
 (b) 技術が社会および自然に及ぼす影響・効果に開する理解力や責任など、技術者として社会に討する責任を自覚する能力(技術者倫理)
 (c) 数学、自然科学、情報技術に開する知識とそれらを応用できる能力
 (d) 該当する分野の専門技術に開する知識とそれらを問題解決に応用できる能力
 (e) 種々の科学・技術・情報を利用して社会の要求を解決するためのデザイン能力
 (f) 日本語による論理的な記述力、口頭発表力、討議などのコミュニケーション能力および国際的に通用するコミュニケーション基礎能力
 (g) 自主的、継続的に学習できる能力
 (h) 与えられた制約の下で計画的に仕事を進め、まとめる能力


課題7 技術士法ならびに技術士倫理要綱に則ると、次の技術士A、BおよびCの行動で技術士としてふさわしい行動はどれか。ふさわしい行動を○、ふさわしくない行動を×として、その最も適切な組合せを選べ。

2−7

ア)技術士Aは、Y製造会社のエンジニアであり、異動によって同社L工場の保守点検の責任者となった。工場が繁忙期に入る前に、部下のMが工場の重要な機械に「安全性には問題ないが、法律で許されない種類のキズがある。」という報告をした。しかし、その法律は、工場の安全を重視するあまり、機械やそれに使われている材料の経年度化かまったく考慮されておらず、常に工場に新品同様の機械を扱うことを求めているような現実に即していないものであった。Mによると、業界全体で、安全性に問題がない範囲ならば、この法律は遵守しないことが日常化しているという。そこで、技術士Aは現場に詳しいMの意見を尊重して、このキズの件は上司や本社に知らせず、放置することにした。

イ)技術士Bは、環境技術を専門とするコンサルタントである。技術士Bは、ある大手企業から、その企業が所有する化学工場跡地の環境調査を請け負うことになった。この企業の代理人である弁護士Xは、契約の条件として、裁判所に命令されない限り、この土地に関するBの調査結果(データ、所見、結論などを含む)の情報を、関係者以外には開示しないという機密保持契約に署名することを要求した。しかし、技術士Bは工場で扱っていた化学薬品の性格から判断して、公衆の安全に関わる調査結果がでる可能性が十分あったため、この機密保持契約に署名することを拒否した。

ウ)技術士Cは、高層ビルなどの構造設計を専門とする技術者である。技術士Cは特別な建築条件のある建物の構造設計を請け負った。制約条件が厳しいため、設計は困難を極めたが、技術士Cは斬新なアイデアを使って、独創的な仕事を成し遂げた。数年後、ビルは無事竣工し、ビルの所有者をけじめ多くの人々が技術士Cの業績を称え、その年の建築学会賞も受賞した。ところが、技術士Cは、偶然、彼の知らないうちに、施工方法が変更されており、ビルの構造が設計時の強度を持っていないことに気付いた。風洞実験のデータなどを再確認し、計算をやりなおした結果、このままでは、「100年に一度」の確率でこの地域に来襲する台風の風力で、ビルが倒壊する可能性が非常に高いことがわかった。技術士Cは、自分の計算に自信がなかったし、台風による被害の可能性も「100年に一度」という強さの場合のみであるために、また、施工方法の変更は自分の責任ではなかったため、このことをビルの所有者には伝えなかった。


(1)  (ア)○ (イ)○ (ウ)○
(2)  (ア)○ (イ)× (ウ)×
(3)  (ア)× (イ)○ (ウ)×
(4)  (ア)× (イ)× (ウ)○
(5)  (ア)× (イ)× (ウ)×


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正解は3
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ア)・・・・×
 某電力会社の原子力発電所におけるデータ捏造を思い出させるような仮想事例です。また、問題2−3にも共通するテーマです。
 「法律自体に不備がある」ことは、守らなくてもいいという根拠にはなりません。法律を適切な内容に変えることも時には必要でしょうが、それまではあくまで順法です。信用失墜行為にもなります。
イ)・・・・○
 技術士法第45条(秘密保持義務)と法第45条の2(公益確保の責務)のトレードオフ事例です。
 NSPEやASCEの倫理綱領には、「技術者は、その専門職の義務の遂行において、公衆の安全、堅硬、および福利を最優先する」というように明記されています。これを公衆優先原則といいます(テキスト4、p.31)。このテキスト4の内容は、テキスト6でも引用されています(p.6)、
 すなわち、「守秘義務と公益確保、どちらを優先すべきか」というトレードオフについては、原則としては公益優先です。
ウ)・・・・×
 公益確保の責務に違反しています。「自分の計算に自身がなかった」という点で、それを伝えることは技術士倫理要綱の「専門技術の権威」あるいは有能性原則に反するのでは?という考えもあるかもしれませんが、NSPE・ASCEの倫理綱領に定められる真実性原則(公衆に表明するには、客観的でかつ真実に即した方法でのみ行う)には、「公衆に表明するには」と明記されています。この場合、ビル所有者は公衆とは言えませんから、計算に不確実性があっても伝えるべきです。


課題8 1986年1月に発生したスペースシャトル・チャレンジャー号の事故では、技術者の安全に関する技術的な判断が、経営的な判断によって最終的に覆されてしまったことが事故を防げなかった原因の一つといわれている。技術者としての判断を下すための準拠枠組みとして、各学協会では倫理規定等を制定している。次に、個々の技術者のさまざまな判断の過程が示されている。

ア)個々の技術者が倫理規定等に準拠して技術的判断を行う。
イ)上記のア)の技術的判断は最終的なものであり、自分以外から干渉をされることはない。
ウ)経営者などの技術者以外の者からの技術的な判断への干渉は、必ずしも、受け付けない。
エ)他の技術者の判断へは技術者として干渉しない。
オ)個々の技術者の判断を基に、ピア(同等の技術能力を持つ仲間)の技術者の間で相談して最終的な技術的判断を練り上げる。

2−8 これらの記述の正誤を判定して、その正しい組合せを選べ。

(1)  (ア)○ (イ)× (ウ)× (エ)× (オ)×
(2)  (ア)× (イ)× (ウ)○ (エ)○ (オ)×
(3)  (ア)○ (イ)× (ウ)○ (エ)× (オ)○
(4)  (ア)○ (イ)○ (ウ)○ (エ)○ (オ)×
(5)  (ア)○ (イ)○ (ウ)○ (エ)○ (オ)○


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正解は3
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スペースシャトル・チャレンジャー号の事故は、インフォームドコンセントに関する典型的事例として語られます(こちら)。ストーリーをこちらにまとめました。

ア)・・・・○ そのとおり。技術士倫理要綱の2(専門技術の権威)に「技術的両親に基づいて行動する」とあるように、技術者のアイデンティティ、自ら考え自ら判断することが強く求められます。ただし、それは独りよがりなものではなく、倫理要綱など、体系化されたものに準拠した判断でなくてはなりません。なぜなら、倫理は規範であるからです。
イ)・・・・× それでは独りよがりになってしまいます。
ウ)・・・・○ 「必ずしも、受け付けない」という日本語は問題がありますね。「経営者などからの干渉を受け付けるとは限らない」という意味であればそのとおりです。
エ)・・・・× 互いに意見を述べ合うことで、狭い知識・見識による「独りよがり」から脱却できます。これは、技術士倫理要綱の8(相互の信頼)、10(他の専門家等との協力)にも通じます。
オ)・・・・○ 上記と同じ根拠により、正しいといえます。


課題9 「人間が関わってひとつの行為を行ったとき、望ましくない、予期せぬ結果が生じること」を失敗と定義した場合、この失敗を忌み嫌わずに直視することで、新たな失敗や、さらに重大な、致命的失敗の発生を防ぐことにつながる。よく知られているものに、「ハインリッヒの法則」がある。これは、1件の重大災害の裏には、29件のかすり傷程度の軽災害があり、さらにその裏にはケガまではないものの300件のヒヤリとした体験が存在する、というものである。この「ヒヤリとした」「ハッとした」という体験の中に潜在的な危険や失敗が潜んでいる。それを自覚し、対処することで、致命的な危険を未然に防ぐことができるという教訓である。

2−9 上記の考え方にしたがえば、次のア)からウ)について、技術者の態度としてふさわしいものを○、ふさわしくない態度を×として、その正しい組合せを選べ。

ア)失敗についての情報は、過ちを犯した当人の人事評価にもつながりかねないから、なるべく限定的に扱うべきであり、組織内で広く共有することは避ける。

イ)失敗から得た知識をうまく利用するためには、失敗そのものの正確な分析よりも、失敗が起こる頻度の情報の方が重要だから、失敗情報は分かりやすく単純化して責任者に報告し、発生の経緯などの詳細な情報については、報告の対象から除外する。

ウ)品質改善活動は、マニュアルを作成しただけで見直さないでいると、形骸化する恐れがある。「マニュアルに沿っていれば十分である」という態度ではなく、軽度の失敗にも常に着目して、その情報の積極的な活用を心がける。


 (1)  (ア)○ (イ)○ (ウ)○
 (2)  (ア)○ (イ)○ (ウ)×
 (3)  (ア)○ (イ)× (ウ)○
 (4)  (ア)× (イ)× (ウ)○
 (5)  (ア)× (イ)× (ウ)×


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正解は4
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ハインリッヒの法則については、テキスト5のp.76〜77に取り上げられており、ポイントは、次のことです。
 ●ヒヤリハットや使用者からの苦情は、それを隠すのではなく、重大事故への前兆として対処しなければならない。
 ●苦情はもちろん、ヒヤリハットを記録しておくシステムがあることが望ましい。

ア)・・・・×
 失敗者を責めたり人事考課の材料とすると、萎縮して隠蔽につながります。責任追及のためではなく、品質改善などのプラス目的で積極的に組織内共有情報とすべきです。その際に、個人責任追及になったり、失敗者の萎縮を起こさない配慮ももちろん必要ですが、もっと必要なのは、失敗要因を表面的でなく深く探ることです。
イ)・・・・×
 発生経緯などの詳細な情報があってこそ、失敗原因を深く追求することができます。
ウ)・・・・○
 そのとおり。


課題10 1986年1月のスペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故に続いて、 2003年2月にはスペースシャトル・コロンビア号の空中分解事故が起こった。この2つの事故に関して、次の記述がある。

ア)これらの事故の原因はそれぞれ全く違うものであり、相互の関連はない。したがって、2つの事故を関連づけて反省する必要はない。

イ)これらの事故の背景には米国航空宇宙局の慣習的要因がある。具体的には、技術者間の意思疎通が妨げられており、専門家間の意見の相違が表面化しなかったことがあげられる。

ウ)技術者が倫理規定に則って行動したとしても人聞の過ちは必ず起こるものであり、米国航空宇宙局が努力を重ねてきたことを考えると、20年に1回程度の事故は許容される範囲と考えるべきである。

エ)いずれの事故でも事故を起こした直接の原因については、事前に問題点が指摘されていた。なぜ事故の前に是正されなかったのかについて検討する必要がある。


2−10 これらの記述の正誤を判定して、その正しい組合せを選べ。

(1)  (ア)×  (イ)×  (ウ)×  (エ)○
(2)  (ア)×  (イ)○  (ウ)×  (エ)×
(3)  (ア)×  (イ)○  (ウ)×  (エ)○
(4)  (ア)×  (イ)○  (ウ)○  (エ)○
(5)  (ア)○  (イ)○  (ウ)○  (エ)○


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正解は3
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 コロンビア事故は、打ち上げ時に、断熱材の破片がシャトルの翼の耐熱タイルを損傷、大気圏への再突入の際に、機体を分解させたことが直接的な原因ですが、事故原因調査報告書は、コロンビア号の打ち上げから再突入に至るまでに、技術陣がシャトルの損傷をよりよく分析し、対応する機会が数回あったことを指摘し、「NASAに組織としての安全文化が欠如しており、たとえば断熱材が翼にあたるなどといった危機への対応をほとんど不可能にしている」と批判しました。つまり、NASAの安全文化の欠如が根本的原因であると断じたわけです。
 この文章を読んで、尼崎のJR西日本脱線事故を思い出す人もいるでしょう。事故調査委員会は、「事故原因はスピードの出しすぎ」と報告しました。これは、スペースシャトルでいうと、表面的な原因か、根本的な原因か、どのレベルの原因でしょう。問うまでもないことだと思います。JR西日本には、全員関与型の、おざなりでない安全プログラムはあったでしょうか。安全文化はあったでしょうか。信楽鉄道事故と尼崎事故の関係には、チャレンジャー事故とコロンビア事故の関係に重なる部分はないでしょうか。

ア)・・・・×
 チャレンジャー事故はOリングの不良、コロンビア事故はタイル損傷が直接的な原因であり、これは表面的には異なるものですが、その原因を引き起こした真の原因、あるいはそういった技術的不完全さを事故につなげてしまった原因は、NASAの安全文化の欠如にあります。チャレンジャー事故では技術者の意見を経営論理で封じ込め、コロンビアでは技術陣が主体的に安全確保に携わる雰囲気がありませんでした。
 すなわち、その根本的原因が同じであっても、失敗を表面的にしか見ないと、「別問題」として扱ってしまいます。そして表面的な対策しかせず、根本原因が是正されていないため、また失敗が起こるのです。
イ)・・・・○
 そのとおり。
ウ)・・・・×
 前半はそのとおりなのですが、後半がいけません。頻度から言っても許容されるものではないし、スペースシャトルのような宇宙船の精度確保体制(抜き取り検査などではなく全数検査のレベル)から言っても、許容される以上の頻度です。
 また、失敗に学ぶということが品質改善の基本である以上、「努力したから許す」という発想はありえません。
エ)・・・・○
 そのとおり。


課題11 次の記述は、製造物責任(Product Liability)に関するものである。間違っている記述を選べ。

2−11
(1) 製造物責任とは、製品の欠陥が原因で、生命・身体あるいは物に被害が生じたときに、製品の製造者が被害者に対して負う損害賠償責任のことである。

(2) 古い考え方では、製品事故が生じたとき、製造者を訴えるためには、製造者の「過失」(negligence)が問題とされていた。しかし、新しい考え方では、製品事故における賠償責任を「欠陥」(defect)という点から見る。これを「厳格責任」(strictliability)という。厳格責任では、責任を根拠づける要素としての過失は考えない。つまり、「結果が悪ければ欠陥であり、言い訳は許されない」という考え方である。

(3) 日本では、製造物責任法が1995年7月1日に施行された。これ以前でも製品に関する事故で製造者を訴えることは可能であったが、製造者の「故意または過失」を立証しなければならなかった。

(4) 日本の製造物責任法において、対象となる「製造物」とは、「製造又は加工された動産」(第2条第1項)である。ここでいう「製造」とは、部品又は原材料に手を加えて新たな物品を作り出すことであり、「加工」とは、物品に手を加えてその本質を保持しつつこれに新しい属性又は価値を付加することをいうものとされている。したがって、例えば未加工の農産物などは、部品や原材料に手を加えて製造されたわけでもなく加工されたわけでもないので、製造物責任の対象とはならない。これに対し、農産物を加工して漬物にした際に、有害物質が混入したようなケースでは、漬物は製造物責任の対象となる。

(5) 日本の製造物責任法では、欠陥とは、「当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全を欠いていること」と定められており、この法律は、「製造上の欠陥」(例えば、製造過程で組み立てを誤ったとき)を対象とし、「設計上の欠陥」には適用されない。


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正解は5
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 PL法については、たとえばテキスト5のp.99〜101、テキスト6のp.123〜124に記述されています。わずか6条からなる短い法律で、テキスト6のp.126〜129に解説付きで詳述されています。
 PL法は、製品の欠陥が原因で、生命・身体あるいは物に被害が生じたときに、製品の製造者が被害者に対して負う損害賠償責任のことです(法第1条)。アメリカで生まれた考え方で、日本では1995年7月から施行されました。
 それ以前にも製品事故でメーカーを訴えることはできましたが、これはメーカーに過失があったことを被害者が証明する必要がありました(過失証明)。しかし製品の情報はメーカーが握っており、さらに高度な技術を駆使した工業技術製品のように、素人の被害者には過失立証が困難な場合が多いのが現実です。カネミ油症事件は、メーカーと国が過失をめぐって争ったため、被害者側が過失証明を強いられたことが、和解まで17年を要した大きな原因となりました。
 これに対してPL法は、欠陥があり、それで被害を被ったことを証明(欠陥証明)すればそれでよくなりました。証明すべき対象が、「過失」という過程から、「欠陥」という結果になったため、被害者の負担は大幅に軽減されました。
 なお、法第2条1において、「この法律において、「製造物」とは、製造または加工された動産をいう」とあります。つまり不動産は対象外です。また、民法に「物とは有体物をいう」とあるので、ソフトウェアなどは対象外になります。さらに、「製造または加工」なので、未加工の農産物などは対象外になります。
 また、法第2条2において、「欠陥」も定義されていますが、テキスト5では、製造上の欠陥、設計上の欠陥、指示・警告上の欠陥の3つとしています。
 責任の範囲ですが、法第3条に但し書きがあり、「その損害が当該製造物についてのみ生じたとき」があげられています。つまり、「欠陥があって動作しない」など、被害がその製品より外に拡大しない場合は適用されません。また、法第4条において2つの免責事由が定められています。1つは、その時点の科学的知見で欠陥認識が不可能な場合、もう1つは、製造物が他の製造物の部品・原材料として使われ、そちらの側の責任で欠陥が生じた場合です。

(1)・・・・○ そのとおり。法第1条に明記されている、PL法の基本です。
(2)・・・・○ そのとおり。
(3)・・・・○ そのとおり。
(4)・・・・○ そのとおり。法第2条により明確です。
(5)・・・・× 設計上の欠陥もPL法の対象です。


課題12 製造物の欠陥の一つに、「指示・警告上の欠陥」があり、これは製品の取扱説明書や警告ラベル等の欠陥のことを指す。ある治療薬の投与上の危険に関する警告不備により、その治療薬との併用が危険を及ぼす抗がん剤との同時投与がなされた。その同時投与が原因となって、その治療薬の発売後、1ヶ月のうちに死亡事故が発生した。

2−12 次に示すこの治療薬を製造・販売した企業の責任に関する記述について正誤を判定して、その正しい組合せを選べ。

ア)医薬品は、厚生労働省の承認を得て製造・販売しているので、企業は責任を問われないが、医師に対して常に薬品に関する情報を提供する。

イ)併用投与が原因で死亡事故を起こしたのであるから、投与上の説明をよりわかりやすく記載するように変更して、販売は続行する。

ウ)開発危険の抗弁、すなわち「当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学または技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識できなかったこと」にあたり、企業はいかなる場合でも損害賠償責任を免れる。

エ)併用投与の副作用の可能性が予測できたのに、投与上の説明書の記載が不十分であったことが原因であるので、企業に責任がある。


(1)  (ア)×  (イ)○  (ウ)×  (エ)○
(2)  (ア)×  (イ)×  (ウ)×  (エ)○
(3)  (ア)○  (イ)×  (ウ)×  (エ)○
(4)  (ア)×  (イ)×  (ウ)○  (エ)○
(5)  (ア)×  (イ)○  (ウ)×  (エ)×


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正解は2
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前問で解説したように、PL法では、欠陥を製造上の欠陥、設計上の欠陥、指示・警告上の欠陥の3つを「製品の欠陥」としています。
この事例は、ソリブジン事件(参考:こちら)のことでしょう。これは、1993年、皮膚病の薬の抗ウイルス剤ソリブジンと、フルオロウラシル系の抗がん剤の併用によりおこった副作用で、死亡者が出ています。ソリブジンが発売されてわずか1カ月のあいだに、血液障害などで15人が死亡、8人が重症となりました。その後ソリブジンは回収されています。
日本商事は副作用を当初から認識していた可能性が高いのですが、こういったデータを厚生省に伝えていませんでした。厚生省も見落としがありました。当時の厚生省は注意文書の配布を日本商事に命じますが、日本商事はこれを放置、病院からの問い合わせに「問題ない」と答えたりしていました。
なお、この事件は、ソリブジンを開発した日本商事が、動物実験や治験段階での都合の悪いデータを隠蔽していたことに加え、死亡報告が入った後、事件が明るみに出るまでの間に、多数の社員が日本商事株を売り抜けていた(インサイダー取引)ことなどから、激しい批判が巻き起こりました。

ア)・・・・×
 医師に対して情報を提供する義務はもちろんですが、「厚労省が認可しているから企業の責任は問われない」ということはありません。日本商事は、後日、厚生省から105日間の製造業務停止命令を受けるとともに、多くの自治体から指名停止になっています。
イ)・・・・×
 確かにソリブジンはその後も医薬品として残っています。しかし、これは「わかりやすく記載するように変更」程度ではなく、使用方法を限定しての処置です。
 また、「わかりやすく記載する」程度では、現場でのミスを防ぐことはできません。ソリブジン事件でも、日本商事からの注意文書配布後にも投与を続けていた例があります。
ウ)・・・・×
 「いかなる場合でも」ということはありません。なお、ソリブジン事件では、動物実験・治験段階で副作用は十分予見できる状態でした。
エ)・・・・○
 そのとおり。実際にそのように解釈されています。

ソリブジン事件の経過をぜんぜん知らないと、(イ)の正誤はけっこう微妙な問題だろうと思います(臨時掲示板でもかなり議論になりました)。かなり有名な事件ではありますが、「それを知っていることが前提」のような面がある、舌足らずな選択肢の書き方になっており、あまりいい問題とは言えないと思います。


課題13 昨今、企業の[ ア ]が重要視されるようになっている。この立場に立てば、技術者は、企業の活動の結果、環境中に放出される化学物質などの環境に与える負荷については、法令の遵守、すなわち[ イ ]をもって十分とするのではなく、企業の経済活動との両立も考慮したうえで、環境に及ぼす影響を可能な限り小さくするよう努めるべきである。例えば、化学物質の場合は、個々の物質の排出量が排出基準値を下回っていても、複数種の物質が環境に及ぼす影響の起きる確率、すなわち[ ウ ]の総和が、公衆の受忍限度を超える可能性もある。したがって、必要なコストを勘案しながら、[ ウ ]を可能な限り低減する姿勢が求められるのである。また、企業活動による環境負荷を考える上では、商品や生産活動の最初から最後までを対象にして考える[ エ ]の考え方も、近年注目されるようになってきている。

2−13 上記の環境影響に関する記述の中の[ ア ]、[ イ ]、[ ウ ]、[ エ ]に、下記の(1) 〜(5) のうちから適当な語句を入れるとした場合、どれにも当てはまらないものはどれか。

(1) エンドポイント
(2) 環境リスク
(3) ライフサイクルアセスメント
(4) コンプライアンス
(5) 社会的責任


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正解は1
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[ア]・・・・5(社会的責任)
 これは一般的・常識的見識でわかると思います。なお、企業評価に関して、トリプルボトムラインという考え方があります。これは、企業を評価するときに、財務パフォーマンスのみを評価軸とするのではなく、持続可能な発展を目指す企業は、企業活動の環境的側面、社会的側面、経済的側面の3つの側面がバランスした経営であるというものです。(参考:たとえばこちら
[イ]・・・・4(コンプライアンス)
 これは単純な用語の知識ですね。法令遵守のことですが、雪印食品や日本ハムの牛肉偽装、回転ドア事故や三菱自動車、東京電力の隠蔽など、様々な事件の中でよく知られる言葉になりました。社会人として知っていてほしい、あるいは知っているべき用語です。
[ウ]・・・・2(環境リスク)
 文脈から選択の余地なくわかると思います。
[エ]・・・・3(ライフサイクルアセスメント)
 これも他に考えられません。この用語自体は、社会人として知っているべき、常識の範囲内の用語です。
なお、「エンドポイント」は、医療用語とIT用語があります。
医療用語のほうは、治療行為の意義を評価する為の評価項目のことで、薬物動態パラメーター、薬力学的評価指標、有効性及び安全性に関連する医薬品の効果を評価するために選択された反応変数などです。
IT用語は「エンドポイントセキュリティ」という用語に使われており、ここでいうエンドポイントとは、クライアント等が接続されるシステムの末端のことです。
しかし、たとえこの用語を知らなくても、他の用語が常識レベルの用語ばかりなので、消去方出たやすくわかると思います。


課題14 技術者の倫理や責務に関する教育には、事例研究が使用されることが多い。技術者としての倫理的そして職業的な関心は、これらの実務上の事例に対して、最大限に発揮され、解決に向けての努力が払われる。この場合、技術者が直面する事例に含まれるモラル上の課題を解決する方法について学んでおくことが望ましい。
 技術者が出会うモラル上の課題(=モラル問題)の一つのタイプとして、技術者倫理において[ ア ]と名づけられているものがある。これは、モラル問題が連続して濃淡が変化していく一本のスペクトル上にあり、そのスペクトルの一端には明らかに正しい行為が、他端には明らかに不正な行為があるが、スペクトルの両極の間に、正しいか不正かはっきり決められなくてためらうような灰色域がある場合に生じる問題である。
 [ ア ]の解決法としては、哲学の領域では知られていた[ イ ]という古い方法が適用される。[ イ ]とは、与えられた事例を評価するについて、参考事例と比較して決める方法である。


2−14 [ ア ]に入る言葉として、最も適当な言葉を選べ。

(1) 相反問題  (2) 概念上の問題  (3) 人道問題  (4) 線引き問題  (5) 人工物問題

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正解は4
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2段落目以降は、ほとんどテキスト6のp.103以降に書かれている内容と同じで、引用ではないかと思われます。
ハリスらは、技術者が出会うモラル問題に、線引き問題相反問題という2つのタイプがあるとして、その解決に決疑論の方法を用いるテクニックを体系付けています。
線引き問題とは、まさに問題文に書かれているとおりです。右図において、上のように、どこかで善悪の区別がスパッとついている(二分観)と悩まずに済むのですが、下のように善から悪へ徐々に変わっていく、あるいは疑わしさが徐々に濃くなっていく(スペクトル観)と、中間のグレーゾーンでは判断がつきにくくなります。


2−15 [ イ ]に入る言葉として、最も適当な言葉を選べ。

(1) 決疑論  (2) 黄金律  (3) 徳倫理  (4) 正義論  (5) 義務論

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正解は1
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決疑論は、問題文にあるように、哲学の領域では知られていた古い方法です。
下図のように、議論の余地なく適切とは思えない事例C-と、議論の余地なく適切な事例C+があるとします。テキスト6を参考にすれば、たとえば「盗み」について議論しているなら、次のような事例です。
 C-:店舗に押し入り、高価な商品を持ち出す。
 C+:許可を得て借りていた1枚の紙を返し忘れる。

C-はどう見ても盗みです。C+を盗みという人はまずいないでしょう。
この間に、疑わしさの度合い順にC1〜C5を並べます。それは、たとえば、
 鍵をかけ忘れた自転車を持ち去る。
 会社Aで開発したテクニックを会社Bに移ってから使用する。
 本を借りていたが誤って返し忘れ、友人が遠方に引っ越してしまったので返さないことにする。
 落とし主が明らかな硬貨を拾って、自分のものにする。
 落とし主がわからない硬貨を拾って、自分のものにする。

などです。こうすることで、線のどちら側に入るか、つまりしていいか悪いかを判断していくという方法です。

否定的模範事例 肯定的模範事例

C- C1 C2 C3 C4 C5 C+